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対話よりDMAICV:古くて新しいカタの勧め(中編)
目次
前回のコラムでは、若手リーダー育成における悲劇を題材に、提案する側と提案を聞く側の残念なすれ違いをご説明しました。
この残念な状況は本当に数多くの企業で見られ、その結果として不毛な対話会が実施されるなど、ますます時間を浪費するという本末転倒な現象まで起きています。
そのような残念な状況を打破し、意味のあるコミュニケーションを構造化して実行するためのDMAICVという「仕事の進め方」をご紹介しましたが、今回はDMAICVの最初のフェーズであるD(Define:課題の定義)で使うプロジェクトチャーターについて説明していきます。
意味のある対話をするために:プロジェクトチャーターというツール
最初にお断りしておきますが、DMAICVそのものはそんなに目新しい考え方ではありませんし、既に数十年の歴史があります。しかし、DMAICV、特にその中で使用されるツール類は現場で磨きこまれ、例えばBMC(ビジネスモデルキャンバス)として進化し、シリコンバレーの起業家たちの共通言語になっています。なんだか型にはまった感じもするかもしれませんが、日本企業では唯一、グローバル企業時価総額ランキングで100位に入っているトヨタでは文字通り“KATA”としてDMAICVの考え方を統合して使用しています。海外から来た考え方ではあるものの、日本の強い現場(現場の強み)となじみやすい考え方でもあるのです。
実際のプロジェクトチャーターはいくつかの種類があるのですが、もっともオーソドックスなものに筆者の経験を加えたものが下記のテンプレートになります。
何が問題か?それが問題だ:Problem Statement
え、これだけ?と思われた方もいるかもしれません。しかしながら、筆者の経験からすると、プロジェクトチャーターを書くのは結構難しく、トレーニングや経験を積んだプロジェクト経験者でも意外と時間がかかります。リーダー育成ワークショップで演習題材として出してみても、ストレートに合格点となるチャーターをかける人はまずいません。その中でも特に難しいのが、何が問題なのかを定義する枠であるProblem Statementです。
例えば、
「若手のエンゲージメントが下がっている」
「製品Aのシェア(ないしは売り上げ)が下がっている」
「我が社の生産性は低い」
ということが書いてある場合、それは適切に問題が定義されていると言えるでしょうか?
答えはもちろんNoです。(しかし世の中にこの手の問題定義はたくさんあります)
このようなあいまいな問題提起について、解決策を生み出し、改善のための行動をとるための起点となるのがProblem Statementになります。
例えば、「若手のエンゲージメント低下問題」ですが、
・ いつから(When)起きているのか:わかっている場合とわからない場合がありますが、わかっている場合は具体的な時間(〇〇年)を記載し、わからない場合は「いつから起きているか、現時点ではわかっていない」と記載します。
・ どこで(Where)起きているのか:全社的に起きているのか、特定の部署で起きているのか、特定の階層や世代、地域で起きているのか、現時点でわかっていることと、わかっていないことを記載します。
・ どのように(How):ビジネスに大きな変化がないのに起きているのか、それとも何か特殊なイベントの前後(例:事業部の分割、M&A)で違いがみられるのか、などを記載します。
・ どの程度(What to extent):若手の大半のエンゲージメントが下がっているのか、また退職率が劇的に上がってしまうほどのレベルなのか、などを記載します。
など、簡単な項目を記載するだけでも聞き手と共有しやすい形に改善できるのです。この手間を省いて、「若手のエンゲージメントが下がっている」と言われたとしても、経営幹部には相手にされないでしょう。
そして、基本的な要素を記載してみたうえで、「なぜそれが問題なのか?」について考えてみてください。言い方を変えると、事業にとってどのような痛み=Painをもたらすのかということになり、「放置しておくと何が起きるか(起きる可能性があるか)」ということでもあります。
上記を踏まえたうえで、
・ 2年後の新製品上市のために複数年かけて拡充した50名程度の若手社員のエンゲージメントが下がりつつある。
・ エンゲージメント低下が起きている部署、地域などについては現時点では不明ではあるが、この若手層の退職率は全社退職率を上回ってきている。
・ このままでは2年後に製品・業務に習熟した若手社員を全国に戦略的に配属できなくなり、その場合に見込まれる売り上げ機会損失は少なくとも〇〇億円と試算される。
としたらどうでしょうか?
プロジェクトチャーターのProblem Statementにある簡単ないくつかのポイントを反映させるだけでも、経営陣と共有可能な問題意識まで持っていくことが可能になります。
注意すべき点は、このProblem StatementにWhy(原因・理由)をいれないことです。
例えば、「経営陣のビジョンが明確に示されていないので、若手のエンゲージメントが下がっている」という問題が提起されたりしますが、その提起に対して即物的に反応する施策の多くがいわゆる対話会です。そこで経営陣がビジョンを提示するのですが、共感して納得する若手も現れる一方で、「なんだかしっくりこない」とか、「自分たちからは遠い」とか言い出す若手も多くいるのが現実ではないでしょうか?その時点でわかっている理由を問題と紐づけて提示すると、ある特定の解決策に結び付きやすく、打ち手の幅が広がりません。このバイアスを避けるためにもDMAICVでは次のフェーズで様々な観点からM=Measure、つまりデータを集めて現象の解像度を上げていくのです。
Problem StatementとGoal Statementは表裏一体
次にGoal Statementですが、ここでは当該取り組みを通じて一体、何を・どのような姿を実現するのかを文書化していきます。
ここでもいくつかのポイントがあるのですが、
1.自社や自部門の重要な業績評価指標と結びついていること
2. Goal Statementの内容次第でProblem Statementが変わる可能性があること
の2点が重要になります。
1番目のポイントについてはあまり説明は必要ないでしょう。何のためにやっているのか、仕事やプロジェクト、取り組みの意味合いを明確にすることができなければ、巻き込まれる人にとっては「やらされ感」しかありません。ただし、特に間接部門によくみられるのですが、自部門の業績評価指標が明確に設定されていないという場合には注意が必要です。その場合、まずは一般的な指標であるQCDE(Quality=製品・サービスの品質、Cost、Delivery=業務のスピード、Environment=環境への影響)を使って設定してみるのが良いでしょう。
(ちなみにQCDEはかつてはQCDだけでしたが、もはやE=環境要素は企業活動にとっても外すことのできない要素になりました)
2番目のポイントは非常に重要です。Problem Statementを推敲した結果、単にエンゲージメントの低下が問題なのではなく、エンゲージメントの低下という現象とそれによって近い将来に予測されるビジネスへのインパクト(〇〇億円に及ぶ売り上げ機会の損失)が見えてきました。
ここで皆さんであればどのようなGoal Statementを考えるでしょうか?
例えば、
・ 若手のエンゲージメント低下の原因を突き止めて必要な施策を打つ
というのは、もちろんあり得ます。
しかし、仮に視座を一段上げて、
・ 2年後の新製品上市に向けて最適な人員・要因を最適なタイミングで配属し、機会損失をゼロにするための組織体制も含めた包括的な施策を提案する
ことをゴールとした場合には「エンゲージメントの低下」だけが問題になるでしょうか?そもそも採用の基準やプロセス、トレーニング内容、評価など、取り上げるべき問題は多岐にわたります。
このようにProblem Statement とGoal Statementは表裏一体の関係にあり、さらにその他の要素も互いに影響し合っています。ですので上記のような大きめのGoalを設定した場合には、Problem Statementを書き換える必要があり、それを良しとするのがプロジェクトチャーターの考え方です。(このような考え方をLiving Documentといいますが、次回で改めてご説明します)
このLiving Documentの考え方、つまりは新たな観点を持ち込んだり、情報を加えたりすることで、それまでの決定事項、前提が変わっていくことというのは非常に重要な考え方です。3年ごとに中期経営計画を立てて、それを後生大事にまもり、条件が変わっているのに、なんだかよくわからない無用な仕事だけは残っているということは皆さんの身の回りでも意外とあるのではないでしょうか?
次回のコラムではチャーターの残りの要素についてご説明するとともに、Living Documentについて再度、触れていきます。
対話よりDMAICV:古くて新しいカタの勧め(前編)
対話よりDMAICV:古くて新しいカタの勧め(後編)