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研究開発者のためのビジネスマインド養成講座(その5)
前回のコラムでは、「認知的不協和の呪縛」の解放によって潜在需要を顕在化させることが可能なことを、複数の具体的なケースを通じて検討しました。今回のコラムではこれらの事例分析を踏まえて、潜在需要の顕在化を図っていく上で有効と思われるフレームワークについてご提案したいと思います。
満足度のセグメンテーション
この問題に取り組む切り口として、消費者がモノを購買する際に感じる“満足度”の分類(セグメンテーション)を考えます。
図1
図1において、横軸は満足感の質が「より実感的(体感的)であるか」⇔「より認知的(心理的)であるか」を区別し、縦軸は満足感の起源が「より主観的(個人的)であるか」⇔「より客観的(社会的)であるか」を区別します。この二つの軸により、満足感を4つのタイプに分類することができます。
右上のR-S領域は“実感的&主観的な満足感”で、「消費者が商品を購入・使用した際に、自分自身のリアルな体験(体感)として得られる満足感」と定義できます。「この洗濯機は少量の洗剤と水で頑固な汚れがしっかり落ちるし、しかも運転音がとても静かだ」、「この液晶TVは画質がこれまでに無く鮮やかで、音質も高級ステレオ並みに繊細かつダイナミックだ」、「この空気清浄機を使うようになってから、子供のアレルギーがすっかり治まった」等、商品としての機能・性能が優れていてそれが顧客価値に直結している場合の満足感がこの領域に入ります。
左上のC-S領域は“認知的&主観的な満足感”で、「消費者が商品を購入・使用した際に、自分自身が認知的(精神的)に得る満足感」と定義できます。この領域に属する満足感の好例は、ボルヴィックの“1ℓ for 10ℓ” プログラムに感激して、他メーカーのミネラルウォーターを飲んでいた人がボルヴィックにブランドスイッチした場合の心理でしょう。ご存知の方も多いと思いますがボルヴィックの1ℓ for 10ℓプログラムとは、ボルヴィックの売り上げの一部をユニセフに寄付することでアフリカでの井戸作りを支援し、ボルヴィックの売上1リットルあたり計算上10リットルの水がアフリカの井戸から生まれるというものです。現実に私の知人でも、味を気に入って長年飲んでいたミネラルウォーターをやめて、ボルヴィックにスイッチした人がいます。「なぜあれほど好きだった○○社のミネラルウォーターからボルヴィックに変えたの?」と本人に聞いてみたことがありますが、「やっぱりこれからは社会貢献を重視する企業こそ成長すべきだよ。その点ボルヴィックは実に素晴らしい。確かに今までは○○社のミネラルウォーターが一番美味しいと思っていたけれど、ボルヴィックに変えてみたらボルヴィックの方がもっと美味しいことが分かったんだ!」という答えが返ってきました。正に認知的かつ主観的な満足感と言えるでしょう。
右下のR-O領域は“実感的&客観的な満足感”で、「消費者が商品を購入・使用した際に、周囲からの評価の声(賞賛など)を直接耳にすることで得られる満足感」と定義できます。「鈴木さんてファッションセンスありますよね。違うブランドをうまくコーディネートして着こなすセンス、私も是非見習いたいです」、「山田さんが乗っている外車、めったに見かけない車種ですけど超カッコいいですね。いかにも山田さんらしい精悍なイメージですよね」、「加藤さんて白金のマンションにお住まいと聞きました。白金って高級感と大人のイメージが漂っていて、加藤さんのイメージそのものですよね」など、人からの評価や賞賛の声が購入の動機や満足感に直結しているケースです。
最後に左下のC-O領域ですが、これは“認知的&客観的な満足感”で、「消費者が商品を購入・使用した際に、“他の人が評価してくれているはず”という認知を通じて得られる満足感」と定義できます。C-O領域は、自分自身の内発的な満足感ではなく、他人から評価されていることに起因する外発的満足感という面でR-O領域と共通しています。C-O領域がR-O領域と違うのは、R-O領域のように人からの評価・賞賛を実際に聞いている訳ではなく「人は自分のことを賞賛してくれているはず」という認知(=ある種の思い込み)に基づいている点です。例えば、3年ほど前に日本の若者の間で爆発的に流行ったホワイトバンドはその例と言ってよいかも知れません。もともとホワイトバンドは、開発途上国のNGOが自国政府に対して貧困問題をアピールするために、白い包帯やひもなどを手首に巻いて運動したことから始まったと言われています。この世界的運動に着目した日本のNPO団体が、ゴム製のリストバンド(当初は白のみ、その後白以外のカラーも続々登場)を中国で製造し、それを1個300円で販売して、得られた利益28円を貧困撲滅のための政治活動資金に当てるというムーブメントを展開しました。“ファッションしながら社会貢献できる”というコンセプトが受けて大ブレイクした訳ですが、『ホワイトバンドを腕にして街中を歩けば、周囲の人はきっと賞賛の眼差しで見てくれるに違いない』というC-O領域的な認知が若者の満足感を喚起したと考えられます。
さて図1のフレームワークを使って、前回のコラムに登場したネスレのインスタントコーヒーと西川甚五郎の蚊帳のケースを分析してみるとどんな事が言えるでしょうか?まずネスレのケースですが、インスタントコーヒーの味自体は消費者を満足させるレベルであったはずなのでR-S領域の満足度は+と考えられます。その一方で「インスタントコーヒーをスーパーで買っているところを人に見られたりしたら、きっと手抜きの主婦と思われるに違いない」という心理的抵抗感を持ったということは、C-O領域の満足度が-だったことを示しています。この問題を解決するためにネスレが、「活動的で働き者の主婦こそがインスタントコーヒーを賢く活用する」という広告戦略を展開したことでC-O領域の満足度が+に転じ、消費者の認知的不協和が解消してインスタントコーヒーが売れるようになったということになります。また西川甚五郎の蚊帳のケースでは、「寝る時に、蚊に刺されるのを防止する」という機能は最初から備わっていたのでネスレのケースと同様R-S領域の満足度は+であったと考えられます。一方『蚊帳の薄暗い茶色が、江戸の町人たちに暑苦しさを想起させた』ということは、C-S領域の満足度が-だったと見ることができます。この問題を解決するために甚五郎が「蚊帳を目にも涼やかな緑色に染めた」ことで町人たちのC-S領域の満足度が+に転じ“涼しい蚊帳”として爆発的人気を博した訳です。このように図1のフレームワークを活用することで、どの領域の満足度が+でどの領域の満足度が-かを分析することが可能になり、領域別満足度の全体像を構造化することが容易になります。
研究開発者はほぼ本能的に「機能・性能で他社製品を凌ぐものを生み出したい」、「機能・性能が優っていれば必ず売れるはず」と思いがちですが、これは図1のフレームワークで言えばR-S領域の満足度のみを高めようとしていることに当たります。それはそれで非常に大切なことですが、消費者の満足度には他の領域に帰属するものがあり、他領域の満足度も同時に高めないと全体として不協和(ねじれ)を生じ、結果的に消費者の心を捉えられない製品を作ってしまうリスクがあることを研究開発者は肝に銘ずべきでしょう。
さて5回に亘り連載させて頂いた「研究開発者のビジネスマインド養成講座」も次回はいよいよ最終回です。最終回では、新技術・新製品の前に立ちふさがる“価格の壁”の問題を取り上げます。(インヴィニオ取締役 高井正美)