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研究開発者のためのビジネスマインド養成講座(その2)
研究開発部門の問題点
前回のコラムでは、コンカレントR&Dのコンセプト及びその重要性・有効性についてご説明しました。それではなぜ、現実には企業の研究開発部門においてコンカレントR&Dが十分に行われていないのでしょうか?私はその原因として、以下の四つの問題があると考えています。
その1:必要性の認識不足
まず第1に、研究開発者自身がコンカレントR&Dの必要性を強く認識していない点が挙げられます。研究開発の初期段階(探索フェーズ)において、「これはひょっとしたら大化けするかも知れないぞ!」と思えるような、いわゆる“ゾクゾクっと”来る発見(或いは発明)のチャンスに出会った場合、多くの研究開発者は「まずはとにかく、この技術の可能性(=“この技術が、一体どこまで優れた特性・性能を出しえるのか?”)をとことん見極めたい。他の研究者に先を越される前に、この手で結果を出すのだ!」という思いが先行しがちです。このような「熱き研究者魂」それ自体は多いに尊重・賞賛されるべきで、思いや情熱があるからこそ様々な困難を乗り越えて画期的な技術を生み出すことに繋がるのも事実です。ただこうした思いに偏り過ぎると、「とにかくこれは凄い技術なのだから、今はどう事業化するかなどという邪念は捨てて、ひたすら研究に没頭しよう」という思考回路に陥りがちです。このような思考に嵌ってしまった研究開発者に対して私が、「そうは言っても、最近は異業種・異分野など思わぬところから突然伏兵的に画期的な技術が出てくる時代ですから、今のうちから競合となりえる技術や事業化シナリオのイメージをある程度考え始めた方がよいのではありませんか?」と水を向けても、「いやいや、この技術の可能性が十分見えていない段階で事業化検討すること自体、そもそも意味なんてないと思いますよ」とつれない返事が返ってきがちです。あるいは、「この技術は過去に例が無い独創的なものなので、せめてプロトタイプくらい見せられるようにしてから市場調査しないと、お客さんにしても『凄いともダメとも』答えようがないのではないですか?」と逆に切り返されることもしばしばです。
その2:リスクの過大視
第2の問題は、研究開発者による「リスクの過大視」です。「完成するかどうか分からない技術や製品の話をお客さんにしてしまって、後で『やっぱり出来ませんでした。ごめんなさい』というハメになったら、それこそ会社の信用に関わるのでは?」と、会社のブランドイメージが傷つくことを真剣に心配する研究者が少なからずいます。「研究開発者は誠実であれ」、「出来ないことは正直に出来ないと言え」というポリシーを徹底している企業の研究組織もあり、若いうちからその思想を叩き込まれている研究開発者は、出来るかどうか不確実なことを口にすることに強い抵抗感があります。また、「不用意に新製品のネタやアイデアをお客さんに話してしまって、それが巡りめぐって競合企業の研究開発者に漏れたら後で取り返しのつかないことになりますよ」と、知財流出を危惧する声もしばしば耳にします。
その3:スキル不足
第3の問題は、研究開発者の「ビジネスR&Dに関するスキル不足と躊躇」です。「ええっ、でも今まで一度も市場調査なんかやったこと無いし、どんなふうに進めればいいのか全く見当がつかないんですが・・・」と、科学的な方法論に裏づけされた研究開発プロセスとは明らかに趣きが異なる、どことなく得体の知れない市場調査に手を染めることに躊躇を覚えるようです。さらには、「市場調査って、そもそも僕たち研究開発者の仕事なんですか?会社の中にはマーケティング部門や営業部門がある訳で、本来そっちの方の仕事ではないかと思うのですが・・・」と、『研究者がそんなことまでやる必要はないはずである』と自分たちの役割を勝手に線引きしてしまっている人たちも少なからずいます。
その4:社内組織の壁
最後に、「社内組織の壁」の問題が挙げられます。私が研究者に「いつも研究所の象牙の塔にばかり引きこもっていずに、もっとお客さんのところに出向いていって、お客さんがどんな悩みを抱えているのか聞きに行きましょうよ」と提案すると、「社内事情で恥ずかしい話なのですが、実は営業部門の頭越しに研究所の人間が客に直接会いに行ったりすると、後で必ず営業部門から『なぜ我々に黙って客のところに会いに行ったんですか』って文句言われるんですよ」という悩みを打ち明けられることがしばしばあります。営業部門の人からすると、「そう言えば先日御社の研究所の○○さんがお見えになって、色々とご質問を受けましたよ」などとお客から突然言われると、自分の知らないところで話が進んでいることに立場上面子が潰れると感じることもあるのでしょう。また、「研究者は不用意に開発途上の新製品の話をしたりするから、お客さんも『そんな素晴らしい新製品が近々出てくるのなら、既存製品を買うのはとりあえずやめておこう』と購入を先延ばしされて、営業に悪影響が出る」ことを懸念する向きもあるようです。
諸問題に対する現実的に有効なアプローチ
コンカレントR&Dを阻害するこうした諸問題に対する解決策はあるのでしょうか?私は、万能な解決策とまではいかないにしても、こうした問題を乗り越える上で現実的に有効なアプローチが存在すると考えています。
まず第1の問題「コンカレントR&Dに対する、必要性の認識の欠如」については、研究開発者の意識改革を徹底することが重要です。「企業研究者である以上、結果としてビジネス価値の創出に結びつかない研究は継続する意味が無い」ことを、研究者に明確に認識してもらうことが不可欠です。研究部門長、出来れば経営トップ自らが、自らの言葉でメッセージを繰り返し伝え、研究開発者に意識改革を迫る必要があります。また「探索フェーズ(研究の初期段階)において、市場調査することに意味がない」と考えている研究開発者に対しては、「初期段階であっても、ビジネスR&Dをそれなりにスタートさせることは可能である」ことを認識してもらうことが必要です。確かにB2C(コンシューマー向け)製品の場合には、最終製品イメージがかなりの程度固まって試供品やプロトタイプを提示できる段階にならないと顧客ニーズを把握しづらい面があることは事実です。しかしB2B(企業向け)製品の場合には、技術や製品のスペック(仕様)を明確に伝えることができれば実際にモノが出来上がっていなくても、ニーズに関する様々なフィードバック情報を顧客から引き出すことは十分可能です。
第2の問題「リスクの過大視」については、会社の信用を傷つけないよう十分配慮しながら、不確実性を有する(場合によっては発売に至らない可能性がある)技術や製品について、顧客と議論することが可能であることを研究開発者に理解してもらうことが大切です。顧客に対してインタビューする際に、「実はまだ最終的に製品化するかどうか確定していないのですが」とキチンと前置きすることで、顧客に間違った認識・印象を与えないようにすることが可能です。また知財の流出を避けるという面に関しては、①特許出願が可能な技術内容については、予め特許出願を済ませてから顧客ヒアリングを行う、②知財(特許、ノウハウ)の核心部分(=どうやって実現したのか)は一切話さずに、知財の提供する顧客価値(=その技術が、顧客にとってどのような価値をもたらすのか)を中心に説明することで、十分有効な顧客インタビューが可能であることを研究開発者に理解してもらうことで解決可能です。
第3の問題「ビジネスR&Dに関する、スキル不足と躊躇」については、研究開発者自身が顧客ヒアリング・アンケートの手法、市場ニーズ調査・分析などの基本について学ぶことで比較的容易に乗り越えられます。研究開発者向けの基礎的なビジネスR&D研修プログラムを用意し、テーマリーダー(プロジェクトリーダー)に昇進する上での必須研修にすることも十分考えられます。技術R&Dの能力に加えてビジネスR&Dの能力を磨くことが、企業研究者としてのキャリアアップを目指す上で必須であることを、人事評価制度の面から明確化することも検討に値します。研究開発者はともすると、「自分しか理解できない専門分野に蛸壺的に閉じこもって、自己満足的な世界を築く」ことに密やかな喜びを見出す傾向があります。研究開発組織に一旦そういう文化を許容する空気が出来てしまうと、お互いに相手の研究分野を“尊重しあい”、例え心の中では「彼(彼女)のやっている研究は、会社にとってどの程度意味があるのだろうか?」と思いつつも、決して相手のやっている研究に口出ししない“美徳”が支配的になります。そうした文化を蔓延させないために、教育と人事制度の両面から思い切った手を打つことも状況次第で必要になってきます。
最後の問題「社内の組織的壁」については、コンカレントR&Dを担うチームに、研究開発者だけでなくマーケティングや営業のメンバーを適宜加えて、組織横断的な取り組みとして推進していくことで解決可能です。その際絶対に避けなければいけないのは、せっかく組織横断的なチームを作っても、チーム内に役割分担を作ってしまい、技術開発は研究開発者が、ニーズ調査は営業・マーケテイング出身者が行うという形に分離してしまうことです。これでは、結局研究開発者のビジネスマインドはいつまで経っても醸成されず、意識改革が進みません。研究開発者自らが顧客ニーズを直接自分の耳で聞き、それをテーマ選定や研究開発のアプローチに活かしていくことが極めて重要です。
さて次回のコラムでは「顕在ニーズと潜在ニーズ」の相違、さらに「ビジネスR&Dにおいて、潜在ニーズを如何にキャッチするか?」についてお話したいと思います。(インヴィニオ取締役 高井正美)