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戦略人事のリアル|HRが真のチェンジエージェントとして機能するために
i-PRO株式会社
CHRO(Chief HR Officer)
岡本 佐知子さん
Director, HRBP(HR Business Partner)
山下 茂樹さん
目次
パナソニック(株)の業務用監視カメラを扱う事業部を前身として、パナソニック社からカーブアウトして設立されたi-PRO株式会社(以下、i-PRO)。パナソニック時代の事業基盤を活かし、まだ設立3年ほどですが世界中で事業を展開されています。今回はこのようなユニークな設立背景を持つ新しい企業でCHRO、HRBPとして活躍する岡本佐知子さんと山下茂樹さんにお話を伺いました。お二人とも人事のプロとして主にはエスタブリッシュな外資系企業で活躍されてこられましたが、なぜ設立間もない日本企業を選ばれたのか、どのような挑戦をされているのかなど、詳しくお話いただきました。
岡本さん略歴:慶應義塾大学卒業。外資系生命保険会社での人事を経て海外留学し、スタンフォード大学でMBAを取得。帰国後は外資系コンサルティング会社でコンサルタントを経験した後、外資系消費材メーカーおよび外資系産業材メーカーで人事に携わる。2020年2月にi-PRO株式会社入社。
山下さん略歴:日米のメーカーにてセールスとマーケティング部門に15年間勤務。米国でMBA取得後キャリアを人事に転じる。日米欧の企業でHRビジネスパートナーおよびタレントマネジメント(TM)リーダーとして、製薬会社、ヘルスケア、金融、ベンチャー企業で勤務する。2022年4月にi-PRO株式会社入社。
グローバルな日本企業で戦略人事を実践
―岡本さん、山下さんそれぞれ、簡単にご経歴をお話いただいてもよろしいでしょうか。
岡本さん:では私から。出身は和歌山県です。地元の高校を出て、大学進学を機に首都圏に移りました。卒業後は新卒で外資系の保険会社に入りました。その後、MBA留学を経て、コンサルティング会社や外資系企業の人事部門を経験しています。今は五社目ですね。HRのキャリアとしては、コンサルティング会社を卒業した後の外資系消費財メーカーのHR部門での約6年強が自身のバックボーンとなっています。良い先輩や同僚、ロールモデルとなるような上司に恵まれて、今のHRとしてのスキルやマインドセットのベースを築くことができた期間でした。
山下さん:私は東京生まれの東京育ちです。新卒で大企業に入社して、最初の15年はセールスとマーケティングの仕事をしていました。GEに転職したときに、ある人事部長との出会いがありました。それをきっかけに、米国のビジネススクールで私費留学をしながら興味があった人事について勉強し、業務に戻るタイミングで人事に配属を希望し部門担当人事となりました。その後、外資系/日系の製薬会社やヘルスケア企業で、ビジネスパートナー(BP)の仕事、もしくはタレントマネジメントや組織開発の仕事をしてきました。キャリアの有終の美的なものはぜひグローバルな日本企業で、という想いがありました。たまたまi-PROでの求人を見つけて応募しました。
―そうなんですね。岡本さんは、なぜ今の会社を選ばれたのでしょうか?
岡本さん:留学後に人事の仕事を外資系企業2社で経験していますが、漠然と、もし次の機会があるとすれば日系企業で働きたいなと私も考えていました。特にその時に転職を考えていたわけではないのですが、もし次の機会があれば、日系企業で、経営トップと一緒に、本当にインパクトが出せる戦略人事ができるならばやってみたいなあと。そんなころにたまたまi-PROのCEOである中尾が、ちょうどCHROを探していると知り合いから紹介していただいたのがきっかけです。
“戦略人事”の意味するところ:CEOの頭脳の一部となる
―戦略人事というお話が出ましたが、最近世の中でもよく言われているビッグワードですよね。御社においての戦略人事とはどのようなことを意味していると考えればよいですか?
岡本さん:CEOの頭脳の一部になれている人事、というイメージですかね。CEOの中尾が持っている経営者としての価値観や大事にしたいこと、実現したい戦略の方向性を、人事の領域についてしっかりシンクロして実現できるようにしたいと思っています。実務としては人事という業務領域を統括するんですけど、入社前に中尾と面談した時に言われたのが「CXOとしてジョインする人に期待することは一緒に文化を作っていくことです」と。組織文化の担い手、経営チームの一員として一緒に経営に携わってくれる人を求めていると言われたのが印象に残っています。こうした文脈でCHROの役割を引き受けるためには、私自身の価値観がCEOとある程度合っていることが不可欠だと思うのですが、組織や人についての価値観が似ているというか、共感できるので、ストレスなく仕事ができています。
―それが岡本さんが担うCHROの役割ですね。山下さんはHRBPとして活躍されていると思うのですが、現在はどのような業務をされているのでしょうか?最近HRBPを設置された企業の方からよくお聞きするのが、HRBPとしてのポジショニングをどうすべきかという問題があるのですが、その辺はいかがですか?
岡本さん:今、当社にはHRBPが山下さんともう一人、2名います。もともと当社はパナソニックからカーブアウトした事業部が前身となっていますので、最初人事機能そのものがほぼ無く、一からのスタートでした。ですから入社一年目はまず人事のチームを作りながら、新会社としての基本的な制度を整備していく必要がありまして、まずは基本的な制度作りが落ち着いたらBP機能を作って…ということを考えてはいたのですが。一年目に一部の組織の現場でいろいろと問題が起きてしまったんですね。その対応に私がどっぷりかかりきりになるわけにもいかず、その時に中尾から、やはり現場を見る人事マネージャーが必要ではないか?ということで、ビジネス側のニーズとしてHRBPの必要性が出てきたんです。経営トップと早い時点からHRBPの必要性について合意形成ができたのはよかったです。人員配置の優先順位としてBPを置けるタイミングはもう少し先かなと思っていたのですが、思っていたより早いタイミングでBPの機能が持てたのは幸いでした。
山下さん:具体的には私が担当しているのはコーポレート部門と新規やグローバルの事業です。内容は主には2つです。会社自体の人事部自体がほぼゼロから立ち上がっているので、そこを部門とともに立ち上げる役割があり、組織名称や職務記述書設定などオペレーションや管理的観点で基盤を構築すること。もう一つは、組織の設計や採用、異動、人のマッチングなど、各部署が悩んでいる様々な課題についての事業部長の相談相手になることです。事業部長やリーダーの方の置かれる状況と個々の経験は多様ですので個別の対応が必要となります。
私自身が業界や会社には新参者ですので、まずは幅広い層の方と話をして状況把握に努めました。お話を伺いながら組織や人のことを中心に気づいた点を質問したり、仮説を表明したりしています。例えばある部署では採用のニーズを一緒に深掘りして要件一覧におとしたり、新規事業では組織運営や社員コミュニケーションのやり方の討議をファシリテートしたりしました。社員意識調査の結果をもとにチームの連帯を深めるプログラムを一緒に企画運営したりもしました。ちょうど23年度の組織を大幅に見直すフェーズにいるので、部門長と共に組織のそもそも論を一緒に検討できています。役割としては経営と、組織と人のマネジメントがうまくいくような、相談相手として存在している、ということに尽きるような感じがします。
―よくわかりました、ありがとうございます。もう一点、弊社インヴィニオでは日本CHRO協会と共に日本企業におけるCHROとHRBPの役割定義の議論を会員企業様としているのですが、岡本さんの目からご覧になって、CHROがやること、HRBPがやることの線引きはどのようにしていらっしゃるのでしょうか?
岡本さん:さっきの山下さんのお話に付け加えさせていただくと、私は、基本的には各部門内の様々な対応はBPに任せて、自分はCEOの中尾のパートナーとして組織全体を俯瞰するとか、あとは海外法人の人事機能の立ち上げやサポートをする他、CoEチームと一緒に自社の人事面での課題を深堀しながら制度やプログラムを創りこむことなどに自分の時間を使っています。当社は山下さんももう1人のHRBPも、社内等級で言うとディレクター相当のHRBPで、重量感のある役割として設計しています。山下さんは他社での豊富な経験も活かして、部門長にかなりストレートなフィードバックをしていますね。HRBPが部門長の下働きみたいになってしまうと、重要な相談や意思決定はCHROが、となってしまうのではないかと思いますが、当社では山下さんももう1名のHRBPも部門長と是々非々の議論をしっかりして部門と意思決定をしているので、各部門のことはお任せできる体制です。
―特に中途入社ですと、BPの立場から部門長に時には厳しいフィードバックを言えて、かつそれを聞いてもらえるという信頼関係を作るのはかなり難しいのではないかと想像しますが、その辺はどのような工夫をされたとか、ありますか?
山下さん:コミュニケーションの的確な方法を選んでいるという点があるかと思います。私もまだ入社して半年強しか経っていないので、私自身が会社の仕組みの基本がわかっていないところも多いです。わからないことをわからない、ということによって、何かお役に立つこともあると思うので、一見バカげた質問であるときも、逆に私はチャンスがあると思っていて、そこは率直に、「私はここはおかしいと思っているんだけど、なぜこうなっているの?本当の理由は何なんでしょう?」という感じで遠慮なく聞いてみます。率直なやりとりをすることで信頼していただいていると実感するところがあります。緊急性の高いオペレーションだけをやっていたとしたら、相談相手にはなれない、と過去に痛い学びをしているので、時間や手間がかかっても必要と思うことはお伝えし議論するように心がけています。
CEOとともに組織文化を作るための取り組み
―なるほど、わからないことをあいまいにしないで聞く姿勢が評価されているんでしょうね。話は少し戻りますが、CXOの一員としてカルチャーを作ることを期待されているという話がありました。岡本さんは意識してダイバーシティとかインクルージョンなどの観点での取組みは何かされていますか?
岡本さん:ダイバーシティ & インクルージョンは当社にとっても非常に重要なテーマで、例えばジェンダーの多様性や、グローバルで多国籍な社員が文化の違いを超えて協働できるようになることはテーマとして掲げて取り組みを行っています。こうした、いわゆる属性に目を向けた取り組みも必要である一方、すべての社員が個性を持つ、多様性を体現する存在であると思っているので、1人1人にいかに主体性を発揮してもらうかは意識しています。これはCEOの中尾が重視していることでもあります。わかりやすい例を出しますと、例えば研修を企画するときには、あなたはこれに必ず出なさい、というやり方ではなくて、とても良い研修だから出たいとなるような、本人が出たいから出る、となるような取り組みにしたいと思っています。でもそれって結構人事的にはつらくて、出てほしい人が出てくれなかったりするので、「部下がいる管理職は必ずこの研修に出てください」などと言えた方が楽なんですよね。でもそれをしない。もちろんどんな研修か、どれだけよい研修かを伝える、そういうことはやっていくんですけど、コントロールを手放しながら組織を創っていくのはおもしろいチャレンジだなと思っています。
以前、役員向けにワークショップを開催したのですが、私自身は役員のチームビルディングのためのワークショップなので役員がみんな出てくれないと意味がないと思っていたんですけど、中尾から、出たい人だけにしてと。出たくない人を無理に出席させないでほしいと言われて(笑)。結局来なかった人もいるんですけど、みんなが必ずいる場を無理に作るということよりも、主体性を大事にすることのほうがプライオリティが高いんです。私は、以前の企業ではそこまで振り切ったスタンスで人事をやったことがなかったので、それで本当にうまくいくのかなっていうのが最初はちょっと自信がなかったのですが。場を作っても来るかどうかは本人次第なんだと、役員の研修や役員合宿の場でさえそうなんだと中尾が明確にスタンスを取っているので、最近はこれでいいんだと思うようになりました。結果として、意欲がある人だけに向けて施策を設計できるので、ROIが高いように感じます。
―トップ自らがそのような発言をすると、メッセージとしては大きいですよね。
岡本さん:そうなんですよね。どういう組織でありたいかのメッセージは、当社の場合はトップからかなり明確に発信されていると思います。独立前のi-PROの文化とはかなり…180度違っていて、全部細かくルールを決めてその通りにやる文化から、判断に必要なコンテキストは示すけれどもどう判断するかの裁量を1人1人に持ってもらう、という風に変えていきたいですね。でもこういうやり方は、今までのやりかたとは全然違うので、おおむねポジティブな受け止めではありますが、反発があることもあります。
人事関連の規程の改訂にも取り組んでいるのですが、今までは事細かに、何があっても社員が絶対に損をしないようにすべてのケースを想定して作りこんでいた規程から、シンプルで、その時の状況に応じて柔軟に決められるような規程にしていくというのは、単に規程の表面的な文言の違いではなくて、その背景にある文化の違いにまで踏み込んでいくことになると感じています。
HRが真のチェンジエージェントとして機能するために
―今のお話は非常に大事なポイントですね。HRがアドミ的役割に留まるのか、チェンジエージェントの役割になるのか。そういう議論は以前からありますが、岡本さんや山下さんのお話を伺うとお二人は完全にチェンジエージェントのほうだと思うのですが、HRでチェンジエージェントとして変革を推進したいと思っている方に、どんなことを意識しないといけないのか、気を付けるべき点など、アドバイスいただけることはありますか?
岡本さん:CHROとしての役割の話になるかもしれませんが、私は今、自分の責任範囲の中で制度設計からオペレーションまで、全部を見渡せるのがすごくやりやすいと思っていまして。私自身は、組織全体、人事機能全体を見て、オーケストレイトする存在であることを大事にしています。HRの仕事をしていると、自分の得意領域に偏っちゃうってあると思うんですね。例えば、私自身は組織開発が好きで、「対話の場を創る」とかの打ち手は好きなのですが、1つの打ち手ですべての問題を解決しようとしないように意識しています。社員と直接対話する、大事な情報に誰でもきちんとアクセスできるようにする、HR領域の重要な論点について戦略的な検討もするし、具体的な制度や施策の設計もするし、その土台になるHRオペレーションがしっかり回ることも大事という、全体を見ながら、今のタイミングで必要なことにしっかり取り組んでいく、ということを大事にしています。
―全体を見て優先順位をつける、そのための手段はあるのですか?
岡本さん:HR内の各チームのリーダーたちとはかなりディスカッションしています。特に、リワードや組織開発などCoEのチームと仕事をするときは、プロダクトアウトの発想にならないように、当社にとっての課題や機会は何なのか?というところから議論をするようには心がけていますね。そこには時間をかけて、今、何にどういうアプローチで取り組むべきなのかを俯瞰して優先順位がつけられるように意識しています。
山下さん:これは意外と大変で、私の経験も踏まえて言うと、特定の人事領域の経験が深まるほど、ファンクションの呪縛と自分の得意分野とやりたいことの価値観に少し過度に頼ってしまいがちです。そこで意図的にアンラーニング(Unlearning)することが必要だなと思っています。私もこの会社に入っていくつかアンラーニングしたことがありました。たとえば外資系企業のタレントマネジメントモデルが必ずしも有効とは限らないとか、目標設定と評価の連動の仕方など、自分がもっている成功体験、しかも2回も3回もうまくいったから…という経験を持っているのでそこに拘ってしまいがちです。しかも自分では気づきにくいですね。まとめると業界や組織の全体像を持ったうえで自分自身も俯瞰的にみてアンラーニングできること。この柔軟性を持っておくことは重要ですが、実際には経験を重ねるほど結構大変ですね。
―アンラーニングの重要性がよくわかる事例ですね。ちなみにここまで前向きなお話を伺ったんですけれども、これまでに大きなチャレンジで失敗したこと、苦労していること、そんなお話も伺えたら嬉しいのですが。
岡本さん:そうですね。少し前にメンバーシップ型、ジョブ型という言葉が流行しましたが、これは当社にとってのかなり本質的な課題を表しているように思います。メンバーシップ型って、新卒でまとめて人材を採用して、社内にいる「メンバー」でできる仕事をやる、という考え方ですよね。一方、i-PROとしては中途採用を積極的に行い、メンバーシップ的な発想から、必要な仕事を定義してそれをプロフェッショナルとして各自が担当するというジョブ型的な考え方に移行してきています。小さな会社になって、これまで以上に1人1人がプロフェッショナルとして自身が担当する仕事をやり切る必要があるんだ、という点については、まだまだ社員のマインドセットにばらつきがあるところで、1人1人に寄り添いながら意識の変化をどう支援できるかがHRBPの課題であり苦労であるのかなと思います。
あとはHRの実務面ですが、新しい会社として、等級制度や評価制度などの制度も、人事情報の管理や給与計算などのオペレーション機能も一から作る必要がありました。新しい会社とは言え、当社はスタートアップとは違って、会社設立時からパナソニックの就業規則や労働協約を引き継いで、かなり複雑な労働条件でのオペレーションを回していく必要がありました。複雑な規程を回せるオペレーションの立ち上げと、i-PRO独自の制度の企画導入を並行して行ったので、オペレーションチームにとっては相当難易度が高い環境でしたが、幸い、経験豊富なエキスパートたちが入社してくれたので何とかここまで来れました。とはいえ、まだまだ1つ1つのケースでどのように制度を解釈して運用していくか、定まっていないことを決めながら前に進んでいく必要があります。これは当社のHRチームにとってはかなり大変な、苦労をしている点だと思います。
ミッション・ビジョン・バリューの定義が難しい!その理由とは
―今まで在籍されていた外資系企業との違いなどで苦労されるところもあるのでしょうか?
岡本さん:苦労というわけではないのですが、最近、おもしろいと感じている「違い」としては、組織のありたい姿、みたいなものをどう社内で醸成して伝えていくかのアプローチの違いですね。外資系だから、ということではないかもしれませんが、以前の企業では、『ミッション・ビジョン・バリュー』だったり、行動規範みたいなものが会社の中で定義されていて、それをどう展開していくか、みたいなことはHRの仕事の一環としてよく取り組んでいました。当社にも、定義しているパーパスやバリューがあって、それはそれで大事にしているのですが、明文化したものを社員が繰り返し読むことで自身の中に浸透させていく、みたいなアプローチは違うのかな、と思うようになっています。
当社は、設立時に社内で議論しながら決めたパーパスやバリューがあって、それは一定程度社内で浸透しているのですが、一方で、事業環境が激しく変わる中で当初決めたパーパスが本当に今も妥当なのかは、まだ3年しか経っていないのですが、すでに議論の余地があると思います。たとえば医薬品メーカーなら「病に苦しむ患者さんの役に立つ」というパーパスはそう簡単には変わるものではないでしょうし、社員の強いモチベーションや共感の源泉になると思うのですが、当社は技術がベースになっているBtoBのメーカーなので、それがどう応用できるかによって、以前は思ってもみなかった市場や対象に役立つ製品やサービスを展開し得たりもするんですよね。「プロフェッショナルに役立つ製品を提供する」企業だと思っていたけど、よく考えると、実はもうちょっと汎用的な、初心者向けの市場でも活用いただけるよね、みたいな。私は前職もBtoBのメーカーだったのですが、ある事業部の持っている技術は宇宙に飛ばすロケットの部品から車のねじまで、ものすごく幅広いアプリケーションが考えられるものでした。こういった企業で「誰にどのように役立つ企業なのか」を定義しようとするとかなり抽象度が上がって、「社会のため」とかになっちゃいますし、そこまで抽象度が上がってしまうとあまり意味がないのかなと。
―それは面白いですね。パーパス経営というのもブームになっていますが、でも今のお話は事業環境の変化がかなり激しいのでそれを作っても変わってしまうし、変えなくていいように無理に作ったら今度はあまり意味がない、そういうことなんですね。
岡本さん:はい。少し前に役員合宿をしたのですが、その中で、やっぱり企業文化とか行動規範って大事だよねという話になって、もう一回、以前定義したコーポレートバリューを社内に浸透させる取り組みをしてはどうか、という声もかなり出たんです。ただ、じっくり考えると、何かそれも違うよね、という結論になりました。先ほどは、BtoBメーカーとして、「誰にどう役立つか」という観点でパーパスを定義するのが難しいという話をしたのですが、でも何か、別の角度でi-PROの存在意義だったり、企業文化として大事にしたいことを表現することはできるとは思うんですよね。ただ、それを言語化していくには、もう少し時間をかけてもいいのかなと思っています。当社は、事業戦略についてはかなり明確に定義して言語化していますので、i-PROの1人1人がその戦略の実現に邁進する中で、自然と組織の内側から滲み出してくるi-PROらしさをしかるべきタイミングで文字として掬い上げる、そんなアプローチが適しているのではないかと思っています。
山下さん:そうですね。i-PROのBtoBビジネスは奥行きが深く複雑性が高いので、チャレンジングであると感じます。HRBPの役割としては、たとえば技術のことは必ずしも詳細まではわからない点があっても、ビジネスとしては十分に理解できていること、労働市場の動きや会社の外部からの評価など全体的かつ歴史的経緯や文化的受け入れ度合いなど複合的視点を持ち半歩先位の姿を議論に提示できるのを目指したいです。私たちにとってもハードルを上げることになります。そこができないとビジネスリーダーからみてHRBPの存在価値は薄まってしまいますし、そもそも会社の成長と発展に寄与できないので避けては通れない点と思います。
人事・CHROを目指す方へのメッセージ
―最後に人事、CHROというキャリアを目指す方へのメッセージもいただけますでしょうか。
岡本さん:人事の中でも専門領域がいろいろあるので、その領域のエキスパートになるというキャリアも素晴らしいと思います。一方で、経営目線でHRの全体を担当したい、という気概がある方はぜひCHROのキャリアを目指していただきたいと思います。私自身は、「全体の中の一部しか見えていない」という状態を気持ち悪く感じる方なので、全体を俯瞰して仕事ができる立場はむしろストレスが少ないです。全体観を持つ必要がある一方、細かいところまですべて自分で把握することはできないので、信頼できるチームを作ってあとは任せるとか、最後は何とかなると思えるという楽観的なところも必要かもしれません。
―大企業からスピンアウトした会社の人事をゼロから立ち上げる過程のご苦労やCEOと密にお仕事をされているお立場でのお話は非常に参考になりました。御社のプロダクトが今後どのように展開するのかもとても楽しみですね。興味深いお話をいろいろと聞かせていただきありがとうございました。