leadership-insight
リーダーシップインサイト
- ホーム
- リーダーシップインサイト
- 安全文化とは?最優先で確立すべき組織文化|事例紹介
安全文化とは?最優先で確立すべき組織文化|事例紹介
目次
安全文化とは、組織が活動を行うなかで業務上の過失・労働災害・不祥事などによって、顧客や従業員を含む全てのステークホルダーが、被害を被らないように形成する組織文化です。組織活動を行う以上、最優先で確立すべき組織文化といえるでしょう。
ただ一方で、安全文化の未成熟さに起因した様々な事故や不祥事などが後を絶たないのも事実です。そこで今回は安全文化について、ニューヨーク市交通局の事例を基に、取り組む上での重要ポイントなどを解説します。
ここで紹介する内容は、コカコーラやNASAをはじめとして50か国・8,000社以上もの業績や組織パフォーマンスの向上を支援してきた米国企業「デニソンコンサルティング」が手がけた事例を基にしていますので、ぜひ参考にしてください。
安全文化とは
安全文化とは、組織が活動を行うなかで業務上の過失・労働災害・不祥事などによって、全てのステークホルダーが、被害を被らないように形成する組織文化です。ステークホルダーには、顧客や従業員はもちろん、協業企業や組織そのものも含まれます。
最優先であるはずの安全性の欠落
2010年、ニューヨーク市営地下鉄のメトロポリタン交通局(MTA)では、作業員の死亡事故や、吹雪で乗客が食料も水も暖房もなく一晩中車両に取り残されたこと、信号の安全試験や記録の改ざんに関わるスキャンダルの発覚など、世間を大いに騒がせた事件が相次ぎました。
その結果を受けて、ニューヨーク市交通局地下鉄部の上級副社長に就任して1年目のカルメン・ビアンコ氏は、「安全対策をうわべだけ修正するのではなく、根底である安全文化の変革が必要だ」と確信したのです。
安全・安心を支える文化を創ることは、どの組織にとっても最優先課題です。とはいえ、組織はどのようにしてその課題に取り組むべきなのでしょうか。
最も成功したケースでは、変革の初めから最後まで、リーダーシップと組織の中核的な課題に明確に焦点が当てられていました。
ただ、安全文化に関する取り組みの多くは「仕事の方法や手順」という狭い観点でのみ実施されています。これらは成功事例とは対照的といえます。狭い範囲での取り組みでは、根底にある本質的な問題を深く掘り起こすことは難しく、持続的な変化につながることはほとんどありません。
また最悪の場合、狭い範囲に焦点を絞った安全改革は、表面的な「ルールやツール」の追加導入に留まり、現場の負担が増えるばかりで既存の考え方から抜け出せない状態となってしまいます。
デニソンコンサルティングが見てきた最も効果的な介入策は、現場を担う従業員からもすぐに信頼されるものでした。彼らは、日々の具体的な事柄に「ズームイン」もしますし、より広い文化に根ざした中核的なリーダーシップや組織の課題に「ズームアウト」もします。
最も難しいのは、組織内の制度的な変化を促進するために、どのポイントでテコ入れと介入をすべきかを見極めることです。
以降では、ニューヨーク市交通局(MTA)が、FASTRACKと呼ばれるプログラムによって、安全文化の確立に至った事例を基に展開します。本プログラムは、地下鉄の修理と保守の方法を根本的に変えるものでした。
安全文化の確立に向けて
ニューヨーク市交通局は、ニューヨーク市の5つの行政区内および北部郊外を結ぶ公共交通機関の運行を統括しています。この交通機関は、1日平均540万人、年間16億人の乗客を運ぶ大量の地下鉄システムからなるものです。地下鉄を構成する820マイルの線路を保守することは、列車と人々を安全かつ迅速に目的地まで送り届けるために欠かせません。
365日24時間稼働し、24時間平均600万人近い乗客が利用しており、保守作業を行える機会は限られています。列車と列車の間の短い時間枠で線路を修理するため、メンテナンス作業には時間がかかり、費用もかかり、危険も伴う可能性がありました。
またこの古い戦略は、ニューヨーク市交通局の最も強力な運営原則の1つである「列車を走らせ続けること」に深く基づいたものだったのです。
線路沿いで働くニューヨーク市交通局の職員は、400トンもの地下鉄車両と仕事場を共有することを長い間習慣としてきました。電車が通過する直前に道具を手に取り、安全な場所に移動することを「クリアリングアップ」といいます。こうした行動は彼らのリスクを高め、生産性を低下させることになります。
カルメンは、変革の経験を次のように振り返ります。
「地下鉄部門の幹部として着任した当初、ロングアイランドシティにあるフラッシング線での作業を視察したことがあります。後で知ったのですが、作業開始後数分で列車が接近してきたため、メンテナンス担当者は片付けを余儀なくされたそうです。シフト全体を通して、1時間かけてようやくレンチ作業が完了していました」
■他の組織にとって参考となる教訓
- 「安全の確保」は業務遂行以上に重要であり、組織文化の変革が必要である。
- 経歴が長い一部の役員は、組織文化変革における最初の障害になり得るが、味方になると心強い。
- 組織文化の歴史にメスを入れることは、社内だけでなく、顧客からも抵抗があると予期しておく必要がある。
- ズームイン、ズームアウトのフレームワークは、実質的な変化を推進しようとする上級管理職、人事部、その他の部門にとっての指針となる。
- 他の組織変革と同様に、安全文化についても測定可能な成果と結びつけば、幅広い支持を集め、維持できる可能性が高くなる。
- MTAがこの介入により超大型台風への対応を改善することができたように「将来の課題に対処する能力を高める」という変革の最中には気づきにくい長期的なメリットもある。
安全文化を確立するための重要ポイント
安全文化を確立するための重要ポイントを5つ紹介します。
組織文化を変革する必要性に気づくこと:大前提
ニューヨーク市交通局の安全文化に変革をもたらした「FASTRACK」を立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。それは、単なる安全対策やオペレーション対策、技術専門家による委員会などではありませんでした。
FASTRACKの出発点は、カルメンをはじめとするリーダー陣が「この組織には根深い文化的問題があると認識し、変革が必要かつ可能であると確信したこと」だったのです。
シニアリーダーの理解と連携
ニューヨーク市で長い歴史を誇る交通局でしたが、2010年に相次いで発生した安全上の問題から、文化的な問題が浮き彫りになりました。この改革を文化的な観点からアプローチすることで、いくつかの重要な要素が浮き彫りになりました。
安全に関する文化に特化せず、組織文化全体に焦点を当てた診断では、MTAを他の組織と比較し、そして自律性の特性において具体的な課題が浮き彫りになりました。
その結果、カルメンの変革プロセスに対するビジョンは明確化します。新たな取り組みを従業員に浸透させるためには、まずシニアリーダーの理解と連携が必要だったのです。
中核の信念との関連性に注目する
ニューヨーク市交通局の新しいミッションとビジョンの作成に上層部が取り組んだ際、この組織で最も古い信念が、安全文化の変革にとっては最大の障壁となることが明らかになりました。
「列車を走らせ続ける」ことは、日常生活や業務のあらゆる側面に影響するものでした。FASTRACKは、表面的にも本質的にも、より安全な保守・修理のあり方を追求するものであり、作業者の安全と密接に関連するため、誰もが支持できる取り組みでした。
しかし、さらに根本的なレベルでは「核となる信念への直接的な挑戦」であり、優先順位が変化していることを従業員に伝える重要なシグナルでもあったのです。
リーダーにとっては、新しいミッションとビジョンの一部として、この取り組みを通して「安全へのコミットメント」を力強く示すことができたのです。
考え方の転換と発信
安全性だけでなく、パフォーマンス向上との強い結びつきがなければ、FASTRACKは成功しなかったでしょう。経営陣からすれば、FASTRACKは信頼性の高いシステムを構築するための投資となったのです。
実現のためには、考え方の転換が必要でした。
また不便を感じるニューヨーカーから最初に反発があったとしても、方針を曲げない勇気も必要でした。ただ、彼らは最終的にはFASTRACKの強力な支持者となりました。
ルーチン化
先行したプランニングをルーチン化する能力も不可欠です。従業員の立場からすると、仕事がしやすくなり、効率的で安全性が向上しました。従来の仕事のやり方では、従業員にフラストレーションが溜まっていたのですが、FASTRACKはそれを変えてくれたのです。
ズームイン・ズームアウト:安全性を様々な視点から見直す
MTAの事例から得られた安全文化の変革に必要な重要ポイントの中でもとくに重要なのがこの「ズームイン・ズームアウト」です。
MTAのリーダーシップチームが「ズームイン・ズームアウト」することで、幅広い文化評価から具体的な介入を行い、その介入の成功によって生まれた効果を踏まえて、広い範囲の制度変更へと移行することで、変革が生まれたのです。
カメラのようにズームインして視野を狭くとったり、ズームアウトして視野を広くとったりするのと同じように、さまざまな視点を組み合わせることで、多くの詳細と全体像を的確に捉えるのです。
図1. 安全改革のための「ズームイン、ズームアウト」アプローチによる診断、介入、効果
多くの変革がそうであるように、MTAのストーリーにも「診断、介入、効果」という3つの明確な段階があります。
- 診断:組織の現状を理解し、変革のためのケースを構築するために行われる活動のこと
- 介入:必要な変化をもたらすことを目的とした1つまたは複数のアクションを実行すること
- 効果:介入の結果、およびその結果に対する人々の評価と理解のこと
図1に示すように、これらの段階を骨子とすることで、ズームイン・ズームアウトの視点によって、どのようなイベントが発生したかを可視化することができます。
「診断」の段階では、組織全体をシステムとしてとらえるかたちで評価が行われ、リーダーシップの行動、業務遂行能力、安全性との関連性を注意深く見ていきました。つまり「ズームアウト」することで、全体像を把握することができるのです。これにより、組織のシニアリーダーから高いレベルのオーナーシップと説明責任を得ることができました。
その上で、具体的な介入策に落とし込んでいきました。全体像から掴んだ課題に対して、実務環境において確信を持って実施できる解決策として示したのです。
注目すべきは、「介入」は「診断」と同じレベルで行われたわけではないということです。チームは、具体的な一連の業務上の問題に「ズームイン」し、「診断」によって特定された多くの問題を解決するための行動をとりました。このように「介入する主要なターゲットの選定」は、チームが行った最も重要な選択の一つです。
変化の機運を高めるためには、「要(キーストーン)となる習慣」(Duhigg, 2012)に焦点を当てることが非常に重要です。
キーストーン習慣は、組織内の幅広い日常行動と密接に関連し、変更した場合の影響力が強い特徴があります(Denison & Nieminen, 2014)。つまり、FASTRACKのケースのように、組織がキーストーンの習慣を効果的にターゲットにすることができれば、より広範な組織文化変革を連鎖させるための強力なターンキーを見つけることができるのです。
「ズームインとズームアウト」「視点の移動」という付加価値は、効果の段階ではっきりと現れました。FASTRACKの経験を通じて学んだ一連の教訓をより広く活用するために、チームが再び「ズームアウト」したのです。
特筆すべきは、800〜900人の保守作業員の大きなグループを組織して作業を計画・調整する能力が、2012年10月の超大型台風サンディという予想外の難題に対応する時に大いに役立ったことです。この台風に対して組織がしっかりと準備・対応できたおかげで、台風発生からわずか5日間で地下鉄の80パーセントを復旧させることができ、大きな成果として広く讃えられました。
ありがちな安全文化プロジェクトとの違い
本事例で紹介したアプローチは、他のありがちな安全文化プロジェクトで見られるものとは全く異なるものでした。
ありがちな安全文化の取り組みでは以下の図2に示すように、監督者と従業員を主なステークホルダーとして定義し、「安全性の結果に最も直接影響を与える作業」という狭い視野から始めることが多いのです。
その結果、安全でない作業方法を軽減するための「ルールとツール」に直接焦点を当てた介入が行われ、コンプライアンスのみに重点を置いたプロジェクトが進行してしまいます。
図2. 対照的な安全文化アプローチの診断、介入、効果
ここで紹介したフレームワークを基にアプローチを見直し、安全性を向上させる取り組みが最大限の効果を発揮できるかどうか今一度検証してみましょう。
安全文化の確立に向けた組織文化診断
安全文化を確立するための一歩目は、組織文化診断から始めることを推奨します。
今回紹介したMTAの事例は、数年にわたり組織全体の変革を成功させました。成功のきっかけとなったのは表面的でない本質的な部分、すなわち「組織文化」の変革にフォーカスしたことに他なりません。
そこで推奨したいのが、本事例でも用いられていた「デニソン組織文化診断」です。25年にわたって50か国以上・8,000社以上もの業績および組織パフォーマンスの向上を支援してきたデニソンコンサルティングが開発した診断ツールです。
弊社インヴィニオは、デニソンコンサルティングの日本パートナーとして国内企業向けに「デニソン組織文化診断」を提供・実施しています。実績に裏づけられた組織文化診断を用いることで、把握や分析のレベルに留まらせるのではなく「実績向上」にコミットします。
少しでも自社の安全文化に不安・不足を感じている場合は、以下からお気軽にお問い合わせください。もちろん「そもそも当社に組織文化診断が必要なのか・どんなメリットがあるのか」といったご相談も歓迎いたします。