leadership-insight
リーダーシップインサイト

- ホーム
- リーダーシップインサイト
- 果たして今の環境で若い社員が将来会社を支えるリーダーに育つのか
果たして今の環境で若い社員が将来会社を支えるリーダーに育つのか

データが示す、日本人は最早働き過ぎではない
データブック国際労働比較2024|労働政策研究・研修機構 (JILPT)によると、日本の平均年間総労働時間は、1980年代末から右肩下がりで落ち続け、2022年に1,607時間となっている。1988年には2,092時間であったから、実に485時間、23%以上も短くなったことになる。
戦後の復興からGNP世界二位まで上り詰め、世界の羨望の的だった一方で、「働き蜂」と揶揄された姿は最早ここにはない。
米国の2022年の労働時間は、1,811時間であり日本より遙かに長い。人生を謳歌することで知られた国民であるイタリアが1,694時間であり、かの国よりも短いのである。
年間休日数にしても、有給休暇取得率の低さが問題にされているが、世界有数の法定休日(国民の祝日)の多さ(15日)もあり、2022年の日本は137.6日で、バカンス好きというイメージの強い、フランス140日、イタリア139日とさしたる差はない。
さて、国が推進する働き方改革によって、過剰労働に対する罰則規定も設けられ、日本企業は残業規制に真剣に取り組まざるを得なくなってきた。
トラックの運転手の確保など会社の屋台骨を揺るがす問題となっている業界もあるが、論点が拡散するのでここでは触れず、ここではオフィスワーカーに絞って考えてみたい。
今の経営幹部の育ち方
言うまでもなく今の経営を担っている50代、60代の人たちは、若い頃から死ぬほど働いてきた人たちだ。月間残業時間100時間は当たり前、150時間超ということも珍しくはなかった。(ちなみに筆者は新卒で入った会社で、11ヶ月連続200時間超ということがあった)
また、ハラスメント、という言葉もなく、上司から今で言うパワハラのような指導を受けるのは当たり前のことで、それもまた修行の一環だという捉えられ方をしていた。
現在の経営幹部は、課題を丸投げされ、無理難題をふっかけられ、修羅場・土壇場・正念場を乗り越えて現在の地位を得ている、というのは異論がないであろう。
誤解しないでいただきたいのは、過剰労働・ハラスメント礼賛でも、懐古趣味でもなく、そのような過酷な環境の中で、なんとかそれを乗り越えて、競争に打ち勝って来た人たちが、いまリーダーとして企業を牽引している、という事実を改めて確認したいだけである。
今の若者たちの労働環境
学生に就職先としてもっとも人気がないのが、長時間労働を強いられるブラック企業である、と言われる。その点において、ブラックの典型である教員や中央官庁の公務員も、多くの学生にとって魅力的な就職先ではなくなったのだ。
よく報道されているのが、若者の「推し活」。アイドルグループのライブに地方に遠征する、アニメ、スポーツ推し活はイベントに参加するなど、そのために可処分所得の数十パーセントを使っているという。初任給大幅引き上げ、それに伴って若年層の収入を増やす企業も増えているが、その増収分はそのまま推し活に使われる傾向もあるという。もちろん金銭だけでなく、多くの時間を使う。博報堂の「オシノミクスレポート」によると、推しがいる人は可処分時間の39%を使い、可処分所得の37%を投じる、ということだ。
ブラックな職場では、推し活が出来ないから選ばれない、転職をするという傾向もあるという。「推せる職場」でないと、学生や若者からそっぽを向かれてしまうリスクが高まるということだ。
もちろん推し活が悪いわけではない。実際、推し活で充電した後は、フレッシュな気持ちで仕事に取り組め、生産性が上がると考えられる。
さて、彼らの上司はハラスメント教育を受け、ハラスメントが怖くて部下にどう接していいか分からない、まるで腫れ物に触るようにしている人も多くいる。ましてや叱ることなど怖くて出来ない。
そうすると、今の若者は収入も増え、残業はなく、上司からも叱られない、プライベートにはたっぷり時間やお金を掛けて充実している、という極めて快適な環境で働く人たち、という像が浮かび上がる。
果たしてこれで、将来のリーダーは育つのだろうか?これが、筆者が近年もっている最大の懸念の一つである。皆さんはいかが思われるだろうか?
退職する若者
よく知られているように大卒が3年以内に転職する比率は長年に亘って30%を超えている。退職の理由を見ると、収入を上げたいという理由もあるが、
- 上司や職場の人間関係・信頼関係が構築されない
- 会社の将来・ビジョンに疑問を感じることでこの組織で働き続ける将来イメージが持てない
このようなことが本音の理由ということだとわかる。(参考:エンジャパン「転職理由の本音と建前」ランキング)
ここで問いたいのは、残業規制の取組みや人材の評価方法を、全社員一律に当てはめるということでいいのか?ということだ。
リーダーが育つ環境にするには「選択」がキーワード
戦後取り入れられた日本の平等教育推進の下、落ちこぼれを造らないということに主眼が置かれてきて、いわゆる「出来る」生徒は放置されてきた。逆に教室で悪目立ちすることは、イジメの対象になるリスクが上がるので、出来る生徒ほど出来ないふりをして、教室で積極的な発言などせず、試験でいい点を取るという生きる術を身につけてきた、と長年学生たちと接してきて感じる。彼らは、アサーション(主張)をしない、いい子である。そしてその方が組織でも馴染みやすく、上司から評価されやすい。
しかし、新卒一括採用による単一価値観の「金太郞飴」集団からは、イノベーションは生まれない。過去の成功体験がむしろ邪魔になる、散々言われてきたVUCAあるいはBANI(Brittle(脆弱性), Anxious(不安), Non-Linear(非線形), Incomprehensible(不可解))のように表現される現代の経営環境においては、経営者が答えを持っているわけでもなく、一人ひとりが多様性をもち、尖った個性を発揮し、自律的に働らき、協業する環境がないと、会社の将来は危ういのだ。
かつて「ぬるま湯」と言われた職場環境に、さらに心理的安全性を加えると、働かない、何もしない社員もまた量産するのではないか。
大企業のトップや人事責任者と話すと、未だに人材を2-6-2で捉えることが多いことに驚く。そして、相変わらず「ボトム2割を動かすにはどうしたらよいか?」という質問をよく受ける。
本当にこの比率なのかはここでは置いておいて、どうやっても動こうとしないボトム2割を動かそうとして、膨大な時間と資金を投入する価値はあるのだろうか。
それよりも、トップ2割をモチベートし、伸び伸びと活躍してもらう環境をいかに作るかに投資すべきではないだろうか。
それには、拙著「リーダーのように組織で働く」でも述べているように、デュアルシステムは有効だと考える。
ハーバードビジネススクールのジョン・P・コッター教授が指摘しているように業績好調な米国企業は、大企業になっても、今期の仕事だけでなく、将来に向けた仕事にも取り組めるような仕組みを持っている。
- 自ら手を挙げたチェンジ・エージェント
- 既存の階層組織とは別にネットワーク組織でも働く
- 時間による振り分けではない。エネルギー量を120%に増やして20%を注ぎ込む
Googleの20%ルールやスリーエムの15%カルチャーも同様だ。
SONYを見事に復活させた平井一夫元CEOは、企業再生のため、社員の煮えたぎる情熱のマグマを開放する場を作る、とやるべき仕事に加え、
- 社員から生まれた挑戦的なアイデアを事業部と別ラインで商品化する社長直轄プロジェクト「TS事業準備室」設置。「SAP」シード・アクセラレーション・プログラム
- やらないことだけを定義し、あとは何を作っても構わないというルール
- 社長が直接サポートし、そこから面白い製品が生まれていった
これらは、制度ではない。制度化し、全員に強制すると、日本では「労働強化」と捉えられてしまう。あくまで、やりたい人が自ら選択する形をとる。彼らが、間違いなく将来経営幹部を担う次世代リーダー予備軍だ。今期やるべきことは目標管理制度(MBO)で評価し、それに加えて、それらの中長期的なビジョン実現に向けた活動はOKR(Objectives and Key Results)を上司と握って期ごとに5-6割結果を出したら加点評価する、というやり方だ。
他には、資本関係のない開発途上国の企業への「留職」や、同じく国内ベンチャー企業などへの「レンタル移籍」などへの派遣も有効だ。こちらも機会を用意し、本人たち手上げしてもらう。
やるべきことに追われ、ただでさえ忙しいのに更に忙しくするのか?と疑問を持つかも知れないが、副業をしたりする余裕がある人材であれば、そのくらいはやりくり出来るはずだ。
みずから進んで、やらなくてもいい領域に飛び込むことを選択し、AWAYの未知の領域で、産みの苦しみ、失敗体験を積むことが越境学習であり、新たな視点を得、幅を広げ、将来の経営幹部としての「修行」の場になる。多様な失敗・成功体験から学ぶことで、自身の中にも多様性を育む。
ソニーや日立、パナソニックに見られるように、変革に成功している経営トップのキャリアルートが、従来の保守本流、本社の中で育っていく、から、関係会社、社外経験、出戻りなどを経た人たちによって成されていると感じる。
海外で働いた経験をお持ちの方はお分かりだと思うが、工場勤務者などは定時で帰宅するが、エリートは死ぬほど働いている。彼らは、社内でとは限らず、自らの力を付けてより高い地位に就くことに必死だからだ。これは、欧米だけでなく、アジアの国々も同様だ。
日本企業にそのような働き方の選択 =リーダーになっていく環境、は用意されているのか。日本だけがどんどん取り残されていくようで、日本の将来が不安でならない。
この記事を書いた人
小杉 俊哉
株式会社インヴィニオ
顧問