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今なぜ働き方改革なのか~慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介
日本人の働き方の背景
今年は日経新聞で年初から「働き方NEXT」という連載特集が継続している。今なぜ働き方改革なのか。日経新聞がこれだけ重視するのも理解できるほど、多くの企業でこの問題への関心が高まっているように思う。早朝出勤や残業削減、休暇取得増など具体的な取り組みの紹介も数多い。しかし日本企業の働き方改革はとても奥の深い問題だと感じている。
日本人の働き方の背景を二つ述べるとすれば、一つ目は職業型ではなく会社組織型仕事観の形成過程にある。中世から近世へ移る過程で日本は農本主義を強化定着させてきた。西欧が「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」が近代仕事観のスタートとなったことと対照的である。社会心理学の視点からは、会社組織を安心社会ととらえ、内向きで自前主義の産業発展を遂げたことで、組織内で目立つこと、悪評を嫌い、集団同調圧力の強い組織になったという指摘もある。そのため、社会貢献活動や外部の学びの機会への参加が非常に少なく、家事分担率が低いサラリーマン社会が、世界でも類を見ない形で形成された。
追いつけ追い越せの時代はこれが強みにもなったが、今これが日本企業の未来を考えたとき、大きな障害となってきているのだろう。
だからこそ、働き方改革の入り口で最も重要なのは、経営幹部や管理職が、なぜなんのための働き方改革なのかを、しっかり腹落ちして理解することにあるのではないかと思う。流行だから女性活用、働き方改革ではないのだ。
働き方改革の入り口
働き方改革の入り口は多様だ。まず1.グローバルやダイバーシティーさらには若者対応がある。日本人のおじさん男性の過去の働き方を、女性や外国人、ひいては日本人の若者に強いるのは明らかに無理がある。そんなことでは優秀な人材が確保できず、企業戦略実行に支障が出る。
2.制約社員の増加の問題も待ったなしだ。少子高齢化による育児介護や障がい者雇用など、働き方に制約のある社員が増加、この人たちが活躍できなければ、企業は成り立たない状況になっている。1との違いは入社時点は制約がなくても、誰でもいつ何時制約社員になるかわからない、この状況への安心感の担保が欠かせない点だ。これは別の言い方をすれば、いつでもどこでも何時まででも、なんでもやるのが正社員という、正規非正規二極分化雇用の時代の終焉とも言える。5年越え有期契約禁止や社会保険義務の拡大など、非正規雇用制度の変化と合いまった、多様な働き方の時代になったのだ。
3.社会貢献や外部学習の推進の問題はなかなか意識されにくいが、実は重要だ。3.11を契機に変化の兆しもあるが、日本ほど正社員サラリーマンが社会貢献活動、例えば地域ボランティアや学校のPTAなどの活動をしない国も珍しい。これでは地域コミュニティーが維持できない。さらには「安心社会」日本は、自身の主体性で外部で新たな学びを行うことを良しとしない風土がまだ強く残っている。変革と創造の時代、タテ型伝承型OJTだけで変革創造人材は育たない。外部での学習や社会貢献活動を行うためにも働き方改革が欠かせない。同僚が残業していると学びにも行けない、「人間関係センサー」ばかりが強い安心社会型の職場風土ではこの問題が解決できない。
実は私が中でも本命だと思っているのが、4.生産性向上とビジネスモデル変革である。製造現場以外、特に営業現場などは、日本は第一線の仕事を単純化して、若者のやる気で乗り越えるビジネスモデルが好きだった。証券の売買コミッションと推奨銘柄方式の過去、医薬品MRのあいさつと利益供与の営業から新聞記者の夜討ち朝駆けでリークを狙う取材スタイルまで、体力がきつくなる40代で一丁上って管理職になれる時代は機能した。しかし様々な経営環境の変化もあり、このような生産性の低いビジネスモデルが淘汰され、第一線は真にプロフェッショナルでなければならない新たなビジネスモデルの時代になりつつある。
先日日経新聞の働き方NEXTシンポジウムで講演された、カルビーの松本会長の、前職経験からの医薬医療機器営業組織への痛烈な批判。まさにこの根底の問題、そしてこのままでは出世しても人として魅力ある人間にならない会社人間の働き方という問題意識が、松本会長をして、働き方改革を推進させることになった。
他にも、SCSKの中井戸会長のお話も結果がわかりやすい。生産性が大きな問題である日本のIT産業で、平均残業時間を150時間から30時間へ、有給休暇取得率をほぼ100%へ改革する中、増収増益を達成した話は、ビジネスモデルと生産性の観点からこそ、働き方改革が欠かせないということがわかる。
育児介護支援や若者対策といった部分ももちろんあるが、経営幹部管理職はこの問題を単にそのように捉えるのではなく、ビジネス改革、組織改革の本丸として腹落ちして理解するところから、働き方改革をスタートさせていただきたい。
(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介氏による寄稿)