leadership-insight
リーダーシップインサイト

- ホーム
- リーダーシップインサイト
- 経営人事の視点~慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介
経営人事の視点~慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介

経営人事、ではないもの
経営人事とか戦略人事という言葉は最近よく聞くようになったが、私が人事の世界に足を踏み入れた1990年前後にはなかった概念であると記憶している。経営人事という分野は私自身がパイオニアの一人であるという自負があるので、ここでもう一度なぜ今経営人事なのか、経営人事の視点でものを考えるのは他の人事の視点とどう違うのか、少し解説してみたい。
そもそも経営人事ではない人事の視点にはどのような視点があるのか、私は大きく3つの視点を挙げてみたい。会社秩序の番人の人事、全知全能の人事、外部環境対応の人事である。もちろんこれらの人事の視点がすべて不要で誤っているという意味ではない。
まず会社秩序の番人という視点である。ご存知のように日本は会社の人事権が強く、正社員はどこでもなんでも何時まででも働きますという、会社都合最優先の人生が強いられる一方で、生涯にわたる雇用と生活の維持が約束されるという組織人事モデルで発展してきた。この最大の強みは、会社都合秩序の維持が根底にあり、逆に言えばそれが崩れることにはきわめて敏感になる。会社の人事権や会社の施策に反抗しようとすれば、徹底的に抑え込まれる。いわゆるこわもて人事の側面がここから出てくる。一方で一律社員管理により、不公平感を抑え込むことが重要で、そのために年功処遇が基本とは言え、評価制度などでは、不満でも転職の自由が限られており、受け身にならざるを得ない社員の公平感を担保するために、いわゆる制度オタク的な詳細でち密な人事制度設計のノウハウが重要となる。しかしこの流れは明らかに変化してきており、制度と力で会社秩序を会社都合で守っているという人事の発想は行き詰っている。
一方で以前から全知全能の人事という考え方も根強い。人事権がラインにある欧米では、上司の横暴や部下の私物化を防ぐのが難しいが、日本は人事部があり、そのような場合でも、長期的観点から人事による異動などの施策で、社員の人生やキャリアを守ってきたという考え方である。そういう考え方を支持する人たちは、一時流行った人事不要論に対して、社員のためには強い人事部こそ必要で、それが欧米に比較しての日本企業の良さであり強みであるという考えを提唱してきた。業界によっては、異動の時期を前に人事部員が全国の社員と面談して、そのプライベートな部分まで含めた要望や状況を理解し、旅館に泊まり込みで、大部屋で社員の写真をカルタ取りさながらに動かしては、人事異動の詳細を詰めていくということをやっていた。たしかにそこまで社員のことも理解して、経営都合一本やりではない異動転勤をしてくれる人事部があれば社員も安心して仕事に打ち込めるだろう。しかし現実問題、そこまで個人の状況含めて全知全能の神のようなことができるほど、今の世の中は平和ではない。3.11や家族の介護、自身の病気などをきっかけに家族との時間の在り方を考え直す社員も増えるなど、今人事は社員が自分の人生や仕事をどう考えているのか把握しきれない不安を抱えているはずだ。一方で経営環境も一気に劇的に変化し、雇用を少しでも守ることを考えても、長期的なキャリア形成を念頭にした計画的な異動などを考える余裕をなくしている。あきらかに全知全能の人事に中央コントロールをゆだねる時代環境ではない。
三番目の環境変化への対応という視点は、むしろ以前より重要になっている。雇用機会均等法への対応から始まり、雇用関係の法令や行政の取り組みの変化は最近とみに盛んである。それ以外にも採用市場の変化、子育て社員や外国人社員の増加、メンタル対応の要請など、多様な環境変化をどう受け止め、人事施策としてどう対応していくか、ある意味変化に対する受け身の対応だが、重要度は増している。
経営視点で考える人事
そこで必要なのは、雇用関係法令などの技術的知識ばかりでなく、実態として他社や行政がどう動いているのか、外部へのアンテナの高さだ。しかしこのような時代だからこそ、外部環境変化を、受け身で対応すべき、企業活動における新たな制約条件としてばかりでなく、そのような新たな環境を自社の優位性、差異性にそれをどう結び付けるのか、経営の視点で考えることが重要となっている。
例えば正規社員と非正規社員の処遇格差縮小のために、同一労働同一賃金がテーマとなっている。日本の雇用の根幹にかかわる問題だから、そう簡単に進まないという意見もあるが、根幹にかかわる問題だからこそ受け身で守りではなく、それを一歩先んじて経営視点で推進し優位性につなげる発想こそが経営視点と言える。例えば5年越えの労働契約の禁止、社会保険加入は週30時間から20時間へ、おそらくパート主婦の所得税優遇も廃止は時間の問題であろう。一方でブラック企業というレッテルは経営に大きなマイナスになる流れもある。その中でどうやって顧客接点の非正規社員をコア社員としての戦略的付加価値を期待する地域限定型正社員のような位置づけにし、繁閑対応など本当に限られた部分の雇用をパートアルバイトや派遣で補うという発想は、処遇制度という以上にビジネスモデルの変革を意味する。ましてや雇用形態を変えたから急に発想や行動、能力が変化するわけではないので、あらたな仕事の仕方や能力開発策が必須だ。
ユニクロが大量に地域正社員を拡充するのも、確かにブラック呼ばわりされたことも一つのきっかけかもしれないが、国内市場をボリュームではなく高付加価値化市場と位置付け、その部分の追加的付加価値を店舗の第一線の店長以下のコア社員に期待するというビジネスモデルの変革が相まって志向されている。20世紀までのユニクロの成長は、店舗の徹底した標準化とローコストオペレーションと本部の創造変革的商品開発の組み合わせによってなされた。それが21世紀に入って、スーパースター店長制度などを通じて、店長をコアの優位性構築に組み込むモデルに変化させていった。今回は雇用環境の変化をむしろ高付加価値を生み出すコア社員のさらなる分散化と位置付けていると考えられる。
大和証券が営業社員に限って、転勤なしの70歳定年の制度を始めたのも、定年延長を逆手にとって、長期の信頼関係構築が基本の預かり資産型のビジネスモデルの拡充を図っているとも言えるだろう。
様々な環境変化を無視して、思い通り会社のビジネスモデルを作ることはできない。しかし環境変化を受け身でとらえず、それをテコにして新たなビジネスモデルの推進をするという経営人事の発想がいまこそ重要となっている。
人を大切にする経営という言葉も最近はやっているが、経営者の才覚やニッチへの集中など、結果的に儲かる仕組みができあがった会社が、経営者の家父長的温情主義で社員を大切にしているというのを、経営人事の視点とは言わない。むしろ会社のビジネスモデルが、社員のやりがいや成長をもたらす働き甲斐から生み出される価値で成り立っているので、当然そのパイの分け方でも社員重視となるというのとは大きく異なる。やさしい人格者の経営者ありがとうという、単なるパイの分け方としての社員重視の経営は、感動ストーリーのネタとしてはいいかもしれないが、これからの環境変化にぜい弱だ。むしろパイの作り方として社員重視であれば、社員はある意味自律し、会社は環境変化に全方位で対応可能になり、経営者から一方的に施しを受ける立場ではなくなる。経営者の自己満足のための経営視点の人事ではない、真の経営人事の視点を目指す会社が増えてほしいというのは、私が30年近く前に組織人事を専門にするようになってからずっと続いている思いである。
(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介氏による寄稿)