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組織人材マネジメント起因のリスクを考える~慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介
組織人材マネジメントの2つの仕事
組織人材マネジメントには、日常のルーティンワークを別として、大きく二つのタイプの仕事がある。経営が意思をもって決めたビジョンや戦略を実行するために行う攻めの人事と、経営的に大きなダメージを未然に防ぐために行う守りの人事である。
ある大手のサービス業の企業で、役員がこう述べていた。「うちの会社はいままで多くの新事業新業態を手掛けてきた。成功したものも失敗したものもある。失敗したものに共通することは、その事業を成功させる人材が確保できていなかったということだ。」今の時代は戦略を絵にかいても、それを推進できる肝心の人材が確保できなければ、まさに絵に描いた餅になるというタイプの戦略がほとんどだ。そもそも人材像は正確に把握できているか、それに合った人材の調達や育成ができているかだ。何度も自分の本で書いているが、1990年代のITソリューション事業の迷走、それに伴う巨額の特損は、この問題、つまりソリューション人材の定義と調達育成の失敗が背景にある。
一方で守りも重要である。過去日本の人事は守りを重視して仕事をしてきたと思う。高度成長時代の総額人件費
管理、バブル崩壊後のポスト不足対応のための職能資格制度や専門職制度、初期の均等法対応などだ。制度改定の時には、大きなビジョン実現をお題目に掲げ、攻めの人事であるように見せることが多いが、実際は社員のモチベーション維持といった内的な問題への対応、均等法のような外的環境変化への対応といった、受け身の対応が起点になっていることがほとんどだ。
日本でダイバーシティーがなかなか進まなかったのも、外的変化への受け身対応の域をなかなか出なかったからではないか。今やダイバーシティーは攻めの戦略に変わろうとしており、遅まきながらギアチェンジが行われている会社が少なくない。
一方、守りの人事の重要性は低下したかと言えば、そうではない。パンデミック対応のような外部からの脅威に対する防御も重要だが、今の時代だからこそ重視しなければならない組織人材マネジメント起因のリスクがある。
組織人材マネジメント起因の3つのリスク
私は特に以下の3つを重視している。
人材不足リスク
これは言うまでもなく、今やすき屋問題に代表されるアルバイト不足に限らず、大きな問題になりつつある。東京五輪だけでない大型再開発案件目白押しの東京での建設労働者不足、LCC欠航問題ではパイロット不足で大きな経営上の痛手を受けた。世界的に今後パイロットの不足はますます深刻になるといわれている。日本は世界でも珍しく、まっさらな新卒を採用して、パイロットまで育て上げて、終身雇用していくというやり方だったが、海外はそうではない。まずは自分で投資をして一定レベルまでのライセンスを取った人を採用するし、転職市場も活発だ。そうでなければLCCなど存在しえない。日本の場合ちょうど日本航空のリストラ時期に重なるなどで、新興エアラインもパイロットを調達できたが、今や羽田の発着枠増加で大手もパイロット不足だし、それは世界的な傾向だ。パイロットのような高度専門職人材を、流動人材として調達活用してこなかった日本企業にとって、このような現象はエアラインという特殊な世界だけの話ではなくなるだろう。例えば薬剤師不足は深刻だ。薬学部が4年から6年になり、2年間卒業生が無かった。一方で医薬分業による調剤薬局の増加やドラッグストアの医薬品販売規制などが拍車をかけた。これでは出店戦略も描けない。
さらに言えば人の調達が難しいと、人を選べなくなる。適任ではない、あるいは問題があることがわかっていても、契約を継続せざるを得ない。その結果仕事の質の低下や事故が起こる。アグリフーズ問題もそういうことが背景の一つだったのではと感じている。
それではこの問題にはどう対処するのか。アルバイトの例で秀逸なのはやはりスターバックスコーヒーだろう。全国2万人のアルバイトの過半は学生だが、平均勤続は3年程度にもなる。もちろんブランドイメージでの人材吸引力もあるが、なにより辞めないので調達数が少ない、人を選べる。なぜ学生が3年勤めるのか。さらに言えば毎年5000人程度が卒業を理由に退職するが、そのうち約4割が新卒で正社員入社を希望するという。中の中まで見たアルバイトはその企業の正社員にはなりたくないというケースが多いが、これは驚異の数字だ。この最大の理由は育成にある。アルバイトでもコーチング型で成長の支援をする。4か月に1回の評価と面談でバリスタの4段階(ちなみにこれをショート、トール、グランデ、ベンテと呼んでいる)を昇格していき、3段階目からは新人アルバイトの指導もする。
私が何度か実施した正社員の調査でも、今後もこの会社で働き続けたいかは、成長実感と成長予感が極めて相関が高い。働きやすさとしての衛生要因整備も重要だが、働き甲斐、特に成長こそ、流動人材の離職率防止には意味が大きい。育成努力することに加えて、成長を実感させること、次の成長ステップを可視化してやることなどは、非正規、正規に限らず、また日本に限らず新興国の若手社員などでも同じように重要だ。
プレッシャーからくる問題行動
今の若者は社会性が低下していると言われる。正確にいえば二極化しているようにも思える。職場では話しやすい近い年齢の同僚や先輩が少ない、PCでの仕事で職場が静かになり、誰が何をやっているのかわからない、一方で新卒社員の仕事は高度化している。昔の単純化されたプッシュ営業ではなく、ソリューションと言われる。その結果組織内での意思疎通、情報共有が希薄化し相談しづらい雰囲気の中、若者が仕事を抱え込み、周囲が気づいたときには状況が相当悪化している、あるいは本人がメンタルになる。
それが業務上大きな問題を起こす場合も少なくない。記憶に新しいJTB中部の遠足妨害事件。担当者がバスの手配を忘れていたこと、それを言い出しにくかったこと、周囲が気づかなかったことなどが重なったのだろう。ちょうど同じころ函館のデパートではパン偽装事件が起こった。これも出店交渉に失敗した時点で、ポスターなどがそのパン屋の名前入りで刷り上がっていたため、他のパン屋のパンを偽装して出店しているように見せた。これももはや言い出せなかったという点で酷似している。
これが最も悲惨な結果に結びついたのが、JR西日本の宝塚線脱線事故だ。JR西日本は、軽微な過誤でも「たるんでいるからそうなるんだ」という精神論で責任追及をしてきたようだ。重要なのは原因究明と再発防止なのに。
仕事が単純で、ある程度のスキルがあれば後はやる
気でカバーできた時代ではないし、今の若者も変化している。その中で旧態依然とした叱咤激励型リーダーシップを良かれと思ってやっている管理職幹部は、まず自身が気づき行動変容するための再教育が必要だ。さらには職場内のコミュニケーションのあり方、仕事の進捗などの可視化といった、早期問題発見と支援による人材育成につながる仕組みが重要だ。本人が仕事を抱え込んで悩んでいたことを上司は知らなかったではすまされないということは、昨今の安全配慮義務違反案件でも明確になっている。この問題はメンタル予防ばかりでなく事故や不祥事防止のためにも重要だ。
マニュアル的発想による思考停止
この問題ですぐに思い出せる悲劇と言えば、大川小学校の悲劇だろうか。大津波警報の中、裏手の山に登って逃げるというのはマニュアルにはないということで、議論で長時間を無駄にした結果の悲劇だ。一方対比されるのが釜石の奇跡だろう。両親や先生を待たず、子供たちが自分たちの判断で避難するような、自己判断型防災訓練をされていたこともあって、ほとんど全員の小中学生が命を失わなかった。
ビジネスの現場でも、最近七十七銀行裁判の一審判決が出た。七十七銀行の女川支店で、大津波警報の中、マニュアルに従い支店長が行員を屋上に避難させ、津波で全員命を落とした件で、遺族の一部が安全配慮義務違反で訴えた事件だ。一審では会社側勝訴となったが、大きな教訓を残した。大川小学校同様、高台への避難を訴えた人もいたようだが、現場責任者はマニュアルに従えという判断をした。
JR北海道のトンネル内特急火災事故は皆さんの記憶にあるだろうか。トンネル内火災は列車事故としては北陸トンネル火災以来極めて重要視されている。しかし乗務員は出火後30分も気づかなかったという。どうもマニュアルにある手順通りのことをすべて済ませてから自分の判断による行動をとらないと、あとでなぜマニュアル通りやらなかったのかと叱責されるのを恐れたのではないかとある業界専門家は話していた。
想定外の事態はこれからますます起こる。経験とマニュアルだけでは到底判断できない事態だ。一方で若者の応用力は日本の正解主義教育とIT検索機能の発達でますます低下している。カーナビが判断できない状況で、カーナビに頼り思考停止してきた人は、自身の判断能力が問われる時どうするのか。これはまさに人材育成の問題なのだ。エアラインの機長は、普段まず起きない異常事態を想定したシミュレータ訓練を、どんなベテランでも年1回受けることが義務付けられている。マニュアル通りできたかではない、冷静に的確な判断と周囲とのコミュニケーションができたか、ビデオを見ながら教官と振り返る。
要は個別の状況や想定外の事態に対する社会性、感受性や応用力を職場でどう育て、成長実感と成長予感を与えていくか、そのためには幹部や管理職のリーダーシップスタイル、コミュニケーションスタイルの気づきと自己変容を促すプログラムこそ、最初に手を付ける課題ではないだろうか。
(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋 俊介氏による寄稿)