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人員の流動性が高い組織における文化形成|事例紹介

目次
アルバイトやパートタイマー、短時間労働者、雇用関係を結ばず一部の仕事を依頼するギグワーカーやフリーランスなど、働き方の多様性が高まっています。それと共に高まっているのが、組織における人員の流動性です。
こうしたなかで課題となるのが「社員ほど組織とのつながりが深くない人員を、組織文化とどのように結び付けていくか」です。
今回紹介するミシガン大学循環器内科の事例では、フェローと呼ばれる若手医師がスキルアップのために当該の病院へ一時的に従事する際、組織文化の共有から形成、さらには継承にまで成功しています。
ただフェローは、毎年3分の1が次の世代と入れ替わるのです。このように人員の流動性が高いなか、どのようにして組織文化の共有だけでなく、形成・継承までも可能としたのでしょうか。
その背景には、コカコーラやNASAなど8,000社以上もの業績や組織パフォーマンスの向上を支援するデニソンコンサルティングが手がけた「デニソン組織文化診断」があったのです。ボトムアップやエンパワーメントなど組織文化形成には、欠かせない要素も登場する事例のため、ぜひ最後までご覧ください。
課題は「フェローのための文化」をいかに築くか
「フェローのための文化」をいかに築くかという課題こそ、ミシガン大学循環器内科フェローシップ・トレーニング・プログラムが直面した問題でした。
プログラム・ディレクターのピーター・ヘーガン博士は以下のように語ります。
「ほとんどのプログラムは、旧態依然とした徒弟モデルで運営されており、産業革命後の家内工業のようなものでした」
「私たちのプログラムは現代における教育の原則を適用していません。つまり、数十年前のトレーニング方法と大差ないのです。今やっている方法より、もっといい方法があるはずだという歯がゆい思いがありました」
「ビジネス界の誰もが知っているように、私たちを取り巻く世界は変化しています。知識も技術も爆発的に増えて、学習者も変化し、社会のニーズも変化しています。そのような状況下において、私たちの文化には問題があったのです」
ヘーガン博士は、現プログラムが医療だけでなく、現代生活のあらゆる側面に影響を及ぼす「世界の変化」に対応していないことに気づいていたのです。
そして博士は「フェローのための文化」を創造するために、プログラムの変革に着手します。
「私たちは理想的なトレーニング・プログラムを提供したいのです。フェローに組織文化構築のための力を与え、それをどんどん活用してほしい。強力な文化、アイデアの文化、相互援助と透明性にあふれた文化を発展させたい、コミュニティ意識とエネルギーを向上させたいのです」
このプログラムは、毎年3分の1の受講生が卒業しています。参加者同士の競争が激しく、さらに何世代にもわたり伝統が受け継がれ、古い慣習が定着している世界で、博士はどうやってそれを実現したのでしょうか?
組織文化の変革における重要ポイント
ヘーガン博士によるプログラムおよび組織文化の変革・創造に向けたアプローチには、いくつかの重要ポイントがあります。以下でそれぞれを紹介します。
ボトムアップのエンパワーメント
まずは、やる気のある人に力を与えること(エンパワーメント)です。
博士は、流動的な組織の全員が困難な変革プロセスに身を削る価値を見出すわけではないことに気づいていました。心臓病学研修プログラムにおける改善のための鍵は、フェローが自分たちの望むプログラムと組織文化を構築できるように、力を与えることでした。
その戦略とは、内発的動機付けが最も強いグループから変革を始めて、彼らの力で他の人たちに転機を作ろうとするものでした。ビジョンやアイデアを持つ中核となる人たちが必要だったのです。
つまり、博士は彼らに舵を取らせたのです。彼らが乗る船は、組織文化についての考察と対話が弾むような環境にし、アイデアを行動に移す方法を示す必要がありました。博士は後に次のように語ります。
「私たちは理想的な研修プログラムを提供したいのです。フェローに文化構築のための力を与え、それをどんどん活用してほしい。強力な文化、アイデアの文化、相互援助と透明性にあふれた組織文化を発展させたい、コミュニティ意識とエネルギーを向上させたいという思いがありました」
変革実現には初期の成功体験が重要
もう一つ重要なのは、変革は達成可能だという期待を持たせることでした。伝統に凝り固まった組織文化においては、リーダーが謙虚さと好奇心を示し、対話の場を作り、人々に希望を与えることが重要です。実現するまで信じない人もいますが、ビジョンを捉えて貢献し始める人もいます。たとえ小さなものであったとしても、最初の成果をすぐに可視化することも重要です。
「何かをやると言って、2、3ヵ月後に何の成果も見えていなければ、それ以上前に進まないでしょう。幸運なことに、フェローたちは非常に短期間で改善を成し遂げることができたのです」
まずはフェローたちがアイデアを出し合い、「これをやりたい」と言うところから始めました。博士は、初期の成功体験の重要性ついて次のように語ります。
「より長期的な改善のための土台作りが肝要です。時が経つにつれ、より根深い問題が浮かび上がってきます。初期の成功が、その問題に取り組むための土台となるのです。そのために私たちはビジョンを掲げました」
利己から貢献への意識転換
組織内の競争意識に打ち勝つということ、つまり、チームスピリットを築くだけでなく、個人がグループ全体に利益をもたらすような貢献をする機会を促進することも重要です。
人は、滅私奉公的な理由と利己的な理由の両方から「参加する」ものであり、相互が相容れないことはほとんどありません。その両方を活用すべきなのです。
急速に変化する従業員のライフサイクルを利用して、文化的活動に活力を与えましょう。そして、組織の流動性という現実を、文化的活動を後押しする機会として受け入れることで、ビジョンを推進し、一つの世代から次の世代へとバトンを渡せるようにするのです。
成果を測定・追跡・比較できるようにする
成果を「見える化」して、測定・追跡・比較を可能にすることも重要です。
ヘーガン博士は、ACGME(医学教育大学院認定評議会)が毎年実施する全国のフェローを対象とした調査と、デニソン組織文化診断(DOCS)をフェローに毎年実施することで、組織文化改革プロジェクトの実施前と実施中のフェローの満足度を追跡しました。
組織文化の変革から得られた成果と教訓|当事者へのインタビュー
誰の目から見ても、ミシガン大学循環器内科における「研修プログラムを通じた組織文化の変革・創造」は現在進行形で成功しています。
ヘーガン博士はプログラムを確立した後、フェローに手綱を渡しました。以下は、そのうち3名のフェローへのインタビュー内容を基にまとめています。
組織文化研修はリーダーシップ訓練のようだった
元フェローのコナーマン博士は次のように語ります。
「この組織文化研修はリーダーシップ訓練のようなものでした」
「新しい職務に就くにあたってまずは自分が率いるチームの目標を整理し、明確にすることの重要性を学びました」
「現在私が率いている看護チームでは、彼らのニーズに基づいて自分のスタイルや期待をどのように調整できるかに、より注意を払っています」
自らの成長に何が必要かを理解できた
元フェローのカトラパティ博士は、次のように語っています。
「自分のニーズに合わせて自分の教育をカスタマイズできるようになったこと、自分のニーズに合わせて教育が組まれていないときには、それについて発言できるようになったのは大きな成果だと思います。」
現場へのエンパワーメント
元フェローのアリッシュ博士にとっては、これはエンパワーメントの重要性を教える教訓となりました。
「現場で大変な仕事をしている人たちの意見に耳を傾けてください。彼らの創造的なエネルギーを、彼らが大切にしていることの改善に向けて活用し、彼らが良い仕事をすることを信じましょう。」
変革は達成可能だという期待を持たせる
カトラパティ博士は次のようにも語っています。
「一番大きな成果は、誰もが変化を起こせることに気づいたことです」
「今やピラミッドの下にいる人たちも発言することができ、その声が届きます。そして、トップにいる人たちは、変化が起こりうるという考えに対してより前向きになっています。」
アリッシュ博士も同意見でした。
「改善する能力と必要性に対して、皆が信念を持つようになってきました。プライドの高さは以前からありましたが、それがさらに大きくなっているようです。」
小さなことでも最初の成果をすぐに可視化する
カトラパティ博士いわく、成功の鍵は小さなことから始めることでした。
「初期の段階でうまくいったのは、具体的かつ達成しやすい目標をいくつか設定することでした。最初のうちはホームランを狙わなかったので、それが大いに役立ったと思います。」
例えば、フェローたちは教員や卒業生を招いてバーベキューを開催し、仲間との交流の時間を増やしました。また、プログラムをより意識する象徴として、プログラムのロゴ入りのフリースをフェロー一人ひとりに供給しました。
最初の成果は小さなものでしたが、そのどれもが重要でした。より長期的な発展のための土台作りとなったのです。次第に、フェローたちはカリキュラムのニーズを細かく特定できるようになり、新たな協力のための道を模索するようになりました。外部講師によるリーダーシップについての講演会もその一つでした。
また、ワークスペースを再設計し、同僚とのコラボレーションを促進するプロセスも開始したのです。フェローたちは、同じような文化的な内省と対話のプロセスに部門内の教員をも巻き込みました。
さらにはプログラム内で、実質的な新しい「プログラム」も開発しました。
大成功を収めたプログラムの一例として、臨床医教育課程の創設が挙げられます。病院全体の研修生に応募を募り、最初のプログラムに参加する25人を選びました。このプログラムは他の診療科にも拡大しています。
組織内の競争意識に打ち勝つ
アリッシュ博士は、第1回年次バリュー・イノベーション・チャレンジの創設を提案し、資金確保に成功しました。これは、UM心臓血管センターがサービスを提供する患者や家族を含む、UM心臓血管センターのコミュニティ全体から改善のアイデアを募ることを目的としたプログラムです。受賞したアイデアはすぐ実行に移されました。
「プログラム・ディレクターが実施したことのひとつは、フェローシップをロッカールームのように考えさせることでした。つまり、チームとしてのアイデンティティに意識を向け、他者を競争相手とみなさないことです。」
グループへの貢献が個人の成長や実績に
コナーマン博士は、グループへの貢献が個人的な利益にもつながる機会もあったことを指摘しました。
「組織文化への取り組みを通じて、自分自身をアピールすることができました。私たちはクリエイティブになり、個人にも有益なプロジェクトを立ち上げることができることを学んだのです」
「プロジェクトのいくつかは論文になり、フェローの学歴にも貢献しました。それだけではなく、クオリティ向上や患者ケアをサポートするプロジェクトにも、多くの人が賛同してくれました。個人の枠を超えた成果といえます」
その一例として、ヘーガン博士とフェローたちは、自分たちの文化的活動をまとめた論文 “Better culture, better doctors”を共著しました。この論文は、オンタリオ州ナイアガラフォールズで開催されたInternational Conference on Residency Educationで発表されています。
人員の流動性の高さを組織文化の活性化に利用する
プログラムでは、組織文化を新しいフェロー採用プロセスの中核に据えました。そして、先輩が新しい仕事に就くと、その役割を後輩に引き継ぎ、このプロセスが成果のトラッキングを繰り返すようにしたのです。
この活動から3年間追跡した調査データは、フェローの「組織文化に対する認識とプログラムに対する満足度」が着実に向上していることを示しており、その進歩を裏付けています。
プログラムに対する評価が「非常に肯定的」(5段階評価で最高)であるフェローの割合は、全国平均が52%であるのに対して、全体で20ポイント近く上昇し、80%に達しました。
さらに「このプログラムを通じて、あなた自身の可能性の何パーセントを達成できたと思いますか?」など、毎年、フェローは新たな質問に匿名で答えています。この質問に対するフェローの回答も改善され、全体で10ポイント上昇して80%になりました。
カトラパティ博士は次のように語ります。
「最大の収穫は、組織文化を評価する方法を知り、そして組織文化を実際に変革できたことです。ただし、変化に影響を与えるためには、何が間違っているのか、どこに問題があるのかを特定する必要があります」
「データだけではなく、ストーリーが語り継がれること、いいニュースが広まることも重要です。次第に、他部門の教授陣の間で『循環器内科のフェローは何が違うのか』とささやかれるようになりました」
ボトムアップとトップダウンのどちらも必要
プログラム・ディレクターであったヘーガン博士は、フェロー中心のボトムアップ・アプローチにこだわり、必要な変化を特定する権限と、解決策を生み出す手綱をフェローに与えました。とはいえ、博士のリーダーシップがプログラムの成功に不可欠であったことは指摘すべき点です。
ダン・アリッシュ博士は 「私たちにはリーダーシップがあり、変革の必要性を信じるプログラム・ディレクターがいたからこそ達成できた」と述べています。
コナーマン博士も「私は、自分が何かを創り出すことができるという考えを心から信じるようになりました。プログラム・ディレクターがそのメッセージを補強し、フェローシップを改善する方法を認めてくれたことは、とても重要なことでした」と述べています。
また、コナーマン博士はメッセージを伝える役割を受け継いでおり、「チーフ・フェローになったとき、プログラム・ディレクターと同じように、他のフェローに力を与えようと努めました」と語っています。
最後にコナーマン博士は、継続的な成功を確かなものにするために、教授陣を巻き込むことの重要性を指摘しています。
「教授陣を巻き込むことは改善に欠かせない点だと思います。フェローたちのボトムアップの努力だけでは限界があるため、教授陣や事業部の支援と積極的な関与が必要なのです」
エンパワーメントが組織文化を
今回紹介した事例は、メンバーの入れ替わりの激しい組織において、組織文化の意義を示し管理することはどういうことかを、実例として示したケーススタディです。
プログラムの組織文化を構築し、その文化を持続可能にした方法から学んだことは、新しい組織のあり方を定義しようとしている組織(Uber、Lyft、Airbnbなど)や、ミレニアル世代の高い離職率に奮闘している組織を含む、現代の多くの組織にとって関連性の深い教訓となっています。
エネルギーを持つ人たちを見つけ、彼らに舵を取らせましょう。彼らが乗る「船」は、組織文化についての考察と対話が弾むような環境にし、アイデアを行動に移す方法を示さなければなりません。
図1. 組織文化の向上がトレーニング経験の向上につながる
注: プログラム文化に対するフェローの評価は、デニソンの世界標準データベースと比較したパーセンタイル・スコアです。ACGMEの調査による上記の数字は、ミシガン大学(UM)心臓病学フェローシップ・プログラムでの全体的な経験を「非常に肯定的」、すなわち5段階評価で5と評価したフェローの割合を示しています。これに対し、ACGMEによる全米平均は52%となっています。ACGMEの詳細については、下記サイトをご覧ください。
http:// www.acgme.org/
変革に欠かせない組織文化診断
ミシガン大学循環器内科における変革を支えた「デニソン組織文化診断」は、25年にわたって50か国以上・8,000社以上もの業績および組織パフォーマンスの向上を支援してきたデニソンコンサルティングが開発した診断ツールです。
「回答は参加者ごとに15分〜30分程度で簡単に行える」上に「実践および実績に直結する調査結果を得られる」というメリットにより、組織文化診断の世界標準となっています。変革の進捗を把握するためにも欠かせません。
弊社インヴィニオは、デニソンコンサルティングの日本パートナーとして国内企業向けに「デニソン組織文化診断」を提供・実施しています。実績に裏づけられた組織文化診断やリーダーシップ診断を用いることで、把握や分析のレベルに留まらせるのではなく「実績向上」にコミットします。
「人員の流動性が高いが、組織文化を根付かせたい」「人員の流動性が高まり、組織文化の継承に不安を感じている」といった場合は、以下から気軽にお問い合わせください。