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「社員を理解している」のはHRBPとして当然のこと
アデコ株式会社
ピープルバリュー本部 ビジネスパートナー部 部長
西澤秀彰 様
目次
戦略人事の3ピラーモデル(HRBP、SSC、CoE)のなかでも、事業目標を達成するために経営層のビジネスパートナーとなって戦略的に人材マネジメントを実行するポジションにあるHRBP。20年ちかく戦略人事のプロとしてキャリアを重ねた西澤さんに、HRBPのノウハウや定義について伺いました。
【西澤秀彰さん 略歴】
2002年関西学院大学卒業後、2002年より米国系保険会社にてHRBPの後、欧米系最大のラグジュアリー業界でのHR Manager、欧州系コンシューマーヘルスケア会社でのHR Country Headを経てアデコグループにて現職、HRBP Directorとして勤務。
現場を経験することが「ビジネスを知る」ことに繋がる
──2002年に外資系の保険会社に新卒で入社されて、人事に携わったのはどのタイミングだったのでしょうか。
営業職で入社したのち、2、3年くらい経ってから採用教育課へ異動しました。そこから人事のキャリアがスタートしたわけですが……自分が人事の仕事に就くとは想像していなかったですね(笑)。
──異動した当初はどんな仕事をしていたのでしょう?
採用担当と教育担当を2、3年担当していました。なかでも重視していたのはマネージャーの教育ですね。保険会社は新卒がとても多く、キャリアに悩みますが、給料が良い点や、社内での異動の機会も多いため、あまり転職をされません。そうすると会社のなかでしっかりとエンゲージメントを高めていくことと、キャリアパスを作っていくことが大事になってきます。そこでカギとなるのがマネージャーです。
ほとんどの人は、「会社」という言葉を使う際に、それは会社全体ではなく、所属している部署やチームのことを意味します。ですから、部署やチームを束ねるマネージャーのケイパビリティを上げるディベロップメントのトレーニングを作ることが重要となります。その部分がしっかり機能すると、チームとしてのパフォーマンスが上がってきます。
──その後、HRBPの機能が導入されたのですね。
リーマンショック以降、グローバルの指示で日本でもHRBPとCOE機能を作る動きが日本でも強くなったと思います。私が所属していた米国金融機関でも、日本においては、当時はまだHRBPの概念がほとんどありませんでした。「これからどのように専門性を高めていきたいか」と当時の上司から希望を聞かれた際、私は人と組織という答えがない領域であり、ビジネスにも一番近いことからHRBPとして働くことを選びました。
とはいえ、自分でもHRBPという職務をなかなか定義出来ず、マネジメントメンバーもHRBPが何をしてくれる人であるのかがわからなかったので、10か月くらいかけてCEOと二人三脚で人の配置や組織作りを行っていきました。カルチャーをドラスティックに変える必要があり、結果、残念ながら退職された方もいらっしゃいましたが、全ての人事権を一任され、適切な部署に適正な新リーダーを配置して、1から組織を作り上げるのは30代前半の私にとっては大変な仕事だった一方で、今振り返ると良い経験だったなと思います。
──その後、関連会社を経てグローバルレストランカンパニーへと転職されました。未経験の業界に飛び込んだのはなぜでしょうか?
当時、私は業界にこだわりはありませんでした。規制が強い、金融機関や保険会社での勤務が続きましたので、少し違う業界で勤務したいと考えました。それに、直属の上司が外国人になるということで、自分の英語をブラッシュアップする良い機会にもなると考えました。自分がHRとして実現したいこと、会社としての方向性など、互いのやりたいこと・やるべきことが合致していた印象だったので転職を決めました。
──保険会社はBtoBに近い部分があったと思いますが、フランチャイズ事業はBtoCですから、大きな違いがありますよね。
BtoCの業界は現場からHRになっている人がすごく多い印象です。現場で成果を上げた人が本社に来るケースが当時は多かったのだと思います。ビジネスのことと人のことをよく知っている一方でHRの業務についてはあまり経験がない方もいたので、戦略フレームワークを使ってアプローチをしていきました。仕事の話をしながら成果を上げるための仕組みを作ってHOWTOをインプットしていくやり方でしたね。
──余談ですが、入社してすぐ実際の店舗での接客も経験もされたそうで。
どんな役職の人でも、中途で入社した場合、必ず最初に実店舗で現場経験を積むのがその会社の特徴でした。今振り返ると、これはとても重要なことだと思います。「現場ではこういったことが実際に行われているんだな」とリアルに知ることができますし、それが「ビジネスを知る」ことに繋がると思います。この経験は現職でも役に立っていて、チームメンバーにも「短期間で良いので営業含めてフロントサイドの経験を絶対にしなさい」と伝えています。新卒で入った保険会社でも最初に営業職に就いていたからこそ、人事に移っても現場のことを考えながら仕事ができたのだと思います。
現場が解決できない会社の問題を、HRがクリアにする
──保険会社、グローバルレストランカンパニーときて、次はヨーロッパ系のラグジュアリーブランドに転職されます。大掛かりな人事改革に携わられたそうですね。
それまではずっとアメリカの会社だったので、欧米系の会社にも行ってみたいなと。品格を重んじるブランドだったので、ブランド価値を毀損するようなレピュテーションリスクを嫌うんですが、評価基準が曖昧だったり、高いパフォーマンスを上げている社員がそれに見合うような評価を受けられていなかったりする課題がありました。それでは個人のモチベーションも高まりませんし、ひいては全体の士気にも影響してしまいます。評価制度を根本から見直して、すべての社員が正当な評価を受けられるようにする、ハイパフォーマーにはインセンティブで報いる、といった施策を打ちました。これを現場のマネージャーがやるのは難しいですから、HRが問題をクリアにして、会社のなかに評価基準を作って、パフォーマンスマネジメントをしっかりとやる必要があるんです。
──その後、グローバルコンシューマーヘルス企業を経て現職のアデコに転職されました。選んだ理由は?
色々な会社を検討していましたが、大事にしていたのは会社の“社会的存在意義”と“成長しているフェーズにあること”の2つでした。そういう意味で、Adecco Groupでは大きな人材への投資をしており、これからさらにグローバルとの協働関係を強くしていく指針があったので、やりがいがありそうだと感じました。
もうひとつ、先にもお話した通り、私は働く業界にはそれほどこだわりがなかったんですが……振り返ってみると、勤務していたどんな会社でも、常に「人がいない」「人が育成出来ない」と言っていたんですよね。そういった背景をふまえると、HRとしてこの先もやっていくうえで、ピープルビジネスに関わることってすごくいいんじゃないかと思ったんです。
──成長フェーズにあるアデコでHRBPとして現在取り組んでいることは何でしょうか?
力を入れているのは、社員と組織の生産性改善ですね。もう一つは、グローバルカンパニーですから、海外での勤務を希望する社員も多くいるため、それを実現するための仕組みを作るプロジェクトなども管轄しています。会社が成し遂げたいことと課題を特定し、それらを必要に応じてプロジェクトチームとして立ち上げ、メンバーにアドオンで入ってもらっています。
──西澤さんのチームは何人構成でどれぐらいの社員を担当されているんでしょうか?
私も含めた7人のチームで全体を見ています。具体的にどんなことをやっているかというと……例えば、社員の行動分析をしてハイパフォーマーのプロファイルを作り、誰でも見て学ぶことができるように会社のイントラネットで共有したりしています。
──どんな内容を共有しているのでしょう?
営業活動をバリューチェーンで考え、そのバリューチェーンにおけるそれぞれのプロセスのなかでどういったアクションをする必要があるか、といったことをすべて文字に起こします。かつ、ハイパフォーマーはそのなかでどういったことをしているのか、インタビューしてすべて書き起こし、資料として開示しています。
こうすることには、生産性を上げる以外にも理由があります。というのも、上司によって成功体験は異なりますが、多くの傾向として、自分の経験をそのまま部下に伝えていくと、全体としての基準が不明確になり、評価をするときにばらつきが生じます。そうならないように、まずは会社としてのプロセスと基準を統一化することで、スタンダードとして定着させる目的もあります。
PL(Profit&Loss)に貢献することが戦略人事である。つまり、Salesに貢献するのか、コストダウンに貢献することか
──これまでのお話をふまえて、改めてHRBPの定義とは?
これはとても難しいですね。私個人の意見としては、「戦略人事って何ですか?」と問われたときに、シンプルにいうと「PLに貢献すること。つまり、売り上げを伸ばすことに貢献するのか、コストを下げる事に貢献するのか、このどちらかに関わることだ」と部下にも伝えています。今、自分たちがやっている仕事が、そのどちらかに必ず当てはめて取り組みましょうと。当てはまらないのであれば、それは単なる作業である、ということまで考えて仕事をしましょうと話しています。
目標設定をして評価しました、後継者プランを作成しました、などというのはあくまでプロセスの一環であって、それをやることでどのように会社のPLに貢献するのか? それを実現すると、会社の売り上げが上がるのか? より効率的になるのか? そこに即して仕事が出来ていないと、我々の本来の価値、戦略的なBusiness Partnerの仕事とは言えません。
──逆に言えば、そういったミッションが出てきたらHRBPに任せるといいのでしょうか?
与えられるだけではなく、その課題を見つけて形にしていく事がHRBPに求められます。経営層が見えていないものを、人事の視点から見ることがHRのもうひとつの大切な役割だと私は思います。具体的にいうと、例えば、経営層は常に業績や株価を見ています。それに比べると社員の考えや気持ちというのは数字で見えにくい。だからこそ、会社として新しいことをやろうとするときに、私たちHRが社員の気持ちを理解し、今この決断が会社にとってどのような影響を及ぼすのか。マネジメントの意思決定をサポートすることが大事になります。そのためにも現場を知ることがHRにとって非常に重要となるわけです。
もうひとつ、HRBPとして間違ってはいけないことが、あくまでも意思決定はビジネス側にあるということ。良くあるケースとして、人事評価の際に、「この人はこういうことがあったから、こっちの人のほうがいいんじゃないですか」ということが良く起こります。それは正しいのかもしれませんが、私たちが見ているのは、一部であることが多々あります。あくまでも最終の意思決定はビジネス側です。私たちHRBPは、こうした評価が正しく行われるためにサポートする役割です。ひとつの現象だけで判断せずに、色々な情報を踏まえて判断していく必要があります。
──例えばですが、HRBPの仕事をアウトソースすることはできると思いますか?
会社の置かれている状況や必要なことにもよりますが、基本的には難しいと思います。人事の3ピラーモデル(HRBP、SSC、CoE)のなかで、HRBPだけ残してほかの2つをアウトソースする会社は直近で増えています。その理由は、先ほども申し上げたとおり、HRBPはマネジメント層が正しく意思決定ができるように、人と組織の両面からサポートする役割であるため、これを外部の人が行うのは難しいからだと個人的には思います。もちろん出来なくはありませんが、そうなるとデータのみに頼ることが多くなります。HRBPは社員との信頼関係を作ることも大事な役割だと考えると、全てアウトソースというのはテクニカルには出来るものの、実際は難しいと考えます。
外部のプロジェクトチームが入ってきたとして、彼らのミッションは主にプロジェクトを決められた期間内でコンプリートすることです。ですから、現場の声をすべて取り入れて改善していくようなやり方には基本なりません。無理なものは無理と割り切らないといけないので、ひとつのプロジェクトがコンプリートしたとしても、長い目で見たら会社全体としては良い方向に進んでいかないんじゃないかという気はします。
──先ほどから「現場を知ることが大切」というお話が何度も出てきていますが、具体的にはどういった方法で現場を知るようにしているのでしょうか?
また、最初に入社した保険会社でも、私が担当していた700人ほどの社員全員に対して、2、3年かけて少なくとも各人2回ずつ、キャリアインタビューを実施しました。ラグジュアリーブランドにいたときも、各店舗に行って、スタッフやマネージャーの方たちとの面談に時間をかなり使っていました。
──そのお話からも、社員のことを知るのがどれだけ重要なのかがうかがえます。
経営層からすると、HRが社員のことを知っているのは当然なんです。任意の社員について「あの人ってどんな人?」と聞かれたときに、「喋ったことがないからわからないです」というのはあり得ない。それもわからないのに、評価や昇級、昇格の際に、「あの人は良くない」「あの部署はダメだ」と言っても説得力がないですから。普段から社員を知る機会を増やすことが大切ですから、現職でも本部長や役員と一緒になり、社員とのランチセッション・個別のトレーニングセッション・ダイアログを行っています。
──人に興味がないとなかなかできない仕事のように思えます。
個人的な考えですが、ほとんどの人は仕事を頑張ってやっているんです。露骨に手を抜いたり、やる気が全然ない人と言うのは、ゼロではありませんが、そんなにいないと私は思っています。だからこそ、社員の頑張りが成果に繋がれば、会社も社員もハッピーになります。せっかく縁があり同じ会社で一緒に働いているのですから、社員とその家族、関わる人全てがハッピーでいてほしいという気持ちはあります。
それは綺麗ごとなのかもしれませんが……私は人を採用するときに、人の根っこを重視するんです。残念ながら、世の中にはすごく意地悪な人もいるじゃないですか。そういった人は、どんなに仕事ができたとしても組織にはふさわしくないと考えています。
専門領域があってニュートラルな人がHRBPに向いている
──HRBPに向いている資質はなんだと思いますか?
資質とは少し違いますが、ふたつの観点から考えた場合、先ずは専門性という観点で、なにかひとつでも人事としての専門領域があることが大事だと思います。組織開発、タレントマネジメント、採用などの領域で深く仕事をしてきた方は、これまで見た限り比較的スムーズに業務を担っています。HRとしての経験領域が少なくともひとつはマストで、ふたつぐらいあるとベターですね。
もうひとつの資質の観点では「共感性」や「ニュートラルな感覚」でしょうか。まず、共感性という点ですが、ご存じの通り人事の仕事は非常に曖昧なことが多くなります。人の評価や育成など、数学的にこれと言った答えがありません。答えが無いことを複数の人で話をしていくため、全てを機械的に「こうあるべきだ」という視点で考えてばかりでは難しくなります。人や組織の成長といった「必ずこれをすればこうなる」ということがない仕事ですから、何故そう思うのか? どうしてそう考えるのか? 相手に寄り添う姿勢はとても大切になります。
こうした共感する力、ニュートラルに物事を見ていくこと、ここにHRとしての専門性が加わることにより、昨今良く言われる、アートとサイエンスの融合で仕事をしていくことに繋がります。どちらも非常に大切です。
──いずれにせよ、専門性が必要なんですね。
はい。加えると、専門性と概念化するスキルでしょうか。先にお話した通り、HRの世界は答えがないことが多いので、漠然としたことを言語化して形にしないといけないんです。ですから、抽象的なものをきちんと形にできる能力というのはHRBPとしては重要だと思います。その際に有効なのが、先ほども少し出てきたフレームワークですね。経験を使っても良いですが、「それはあなたの経験でしょ?」と言われないために、共通のフレームワークとデータを使ってロジカルなアプローチをするというのも重要なスキルだと思います。
あとはマインドも非常に重要ですね。仕事に取り組む際に、できない理由を見つけようとする人がいますよね? そうした方はあまり向いていない気がします。この仕事に限らずでしょうが。そういった人というのは、ポジティブなことよりもネガティブな側面から物事を見る傾向があるので、特に物事を改善して良くしていくというHRBPには向いていないかもしれません。
──専門性と共感性があって、ニュートラルな人が向いている?
あくまで自分の考えですが、そうですね。専門性がないとビジネスからの信頼を得られませんし。どうすれば組織が良くなるか、どうすれば人が成長できるか……繰り返しですが、それらにはきっと回答がないのですが、我々は少しでもこれに近い正解を探し出そうとしているんです。そのアプローチは会社によっても、置かれている状況によっても違うと思うので、異なる会社で同じことをやっても通用しないですよね。そういう意味ではニュートラルに、ただ武器となるような経験は多く持ったほうがいいと思います。
──本日、西澤さんのお話を伺ってHRBPという仕事の奥深さ、面白さがよりわかってきたように思います。とても興味深いお話をありがとうございました。