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【事例紹介│ 新規事業 × 組織能力開発】“組織能力開発”がもたらす事業環境の加速度的変化への対応~オムロンの新規事業チーム立ち上げに学ぶ~
目次
人事部門をはじめとする企業の人的資源(HR)を担う部門にとって、経営陣や事業部門が打ち出したパーパスやビジョン、戦略などの実現を人事領域から支援することは至上命題です。
特に、急速に進む環境変化に合わせた事業モデル変革や、新商品・新事業を立ち上げといった新たなチャレンジを成功に導くためには効果的な「組織能力開発」が欠かせません。
ただ一方で、「具体的に組織能力をどう開発・向上していくのか」について、体系立てられたアプローチを確立できていないのが実情ではないでしょうか。
そこで今回は、「そもそも組織能力とは何か」「必要な組織能力をどのように特定し、実装するのか」について、オムロン株式会社の制御システム事業部門における新規事業立ち上げチームと弊社インヴィニオが取り組んだ事例を基に紹介します。
なお本記事は、2023年11月に開催された国内最大級のHRイベントである「日本の人事部HRカンファレンス」にて講演したセミナー「“組織能力開発”がもたらす事業環境の加速度的変化への対応~オムロンの新規事業チーム立ち上げに学ぶ~」の内容を基にまとめたものです。(本講演は、「参加者が選んだHRカンファレンス2023秋 満足度上位講演」に選ばれました。)
オムロン株式会社について
事例紹介にあたり、まずは「オムロン株式会社」および主力事業である「インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー」について紹介します。
オムロン株式会社の基本情報
オムロン株式会社は、オートメーションのリーディングカンパニーとして、工場の自動化を中心とした制御機器、電子部品、駅の自動改札機や太陽光発電用パワーコンディショナーなどの社会システム、ヘルスケアなど多岐にわたる事業を展開しています。
創業は1933年、京都に本社を置いており、グループ会社数は162社で社員数は国内外あわせて約2.8万人に及びます(2023年時点)。
主力事業はインダストリアルオートメーションビジネスカンパニー
オムロン株式会社は、ヘルスケア製品のイメージが先行しがちですが、総売上高における割合の5割以上を「インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー(制御機器事業)」が占めています。
インダストリアルオートメーションビジネスカンパニーとは、世界中のモノづくりに関わる産業の自動化に貢献する製品サービスを開発・製造・販売し、お客様のモノづくり現場を革新し続ける事業です。
世界中の工場では、スマートフォンや電気自動車、各種食品、医療機器など、日々さまざまなモノづくりがなされています。こうした工場内の機械について、高速化や高精度化、エネルギー効率アップなど、多様なニーズに対して具体的な製品やサービスで応えています。
とりわけ、今回の事例で深く関わる「検査システム事業本部」は、検査システムを通じて製造品の質を高めることで、競争力向上や安心・安全の実現を目指しています。
新規事業立ち上げの背景と経緯
オムロン株式会社が今回の新規事業立ち上げにいたった背景と経緯について紹介します。
2010年代後半から、例えば自動運転や電気自動車などの開発が進むに連れて、電子機器が高度化・複雑化していく流れが一気に加速しました。
その一方では、製造現場では人員の高齢化が進んでおり、これまでモノづくりを担っていた熟練工が次々にリタイアを迎える年齢に達しつつあります。
モノづくりが高度化・複雑化する一方で、現場では技術スキルが徐々に消失していくという課題が顕在化しています。こうしたモノづくりの現場が直面している環境変化および課題に対して、検査システム事業本部としても取り組むべきと考えました。
そこで、高度化する製品に適応すべく、検査装置を熟練工の代わりに使いこなすためのサービスを提供する事業を立ち上げました。いわゆる「モノ売り」から「コト売り」へのシフトです。
新規事業立ち上げ後に直面した課題
企画や開発、営業、技術など各部門からエース級の人材を集めて、具体的に何をどのように提供すべきなのかの検討を開始します。ただ2021年夏頃に立ち上げてスタートしたものの、半年〜1年近くは足踏み状態で、なかなか前進できない状況が続きました。戦略は描けたものの「具体的にどう進めるか」「いかにやり切るか」といった段階へと進めることに課題感を抱きます。
そこで、戦略の実行・実現に対する支援を期待して弊社インヴィニオへのご依頼に至ります。
インヴィニオによる支援の全体像
弊社インヴィニオの具体的な支援は、以下の通り「組織能力の言語化」「顧客価値の確認」「実行体制の検討」の大きく3ステップで展開しました。
■インヴィニオによる支援3ステップ
各ステップの要点に関する詳細は、以降でより詳しく解説していきます。
組織能力とは
組織能力(capability)とは、組織として物事をなし得る力のことを指します。組織は人の集合体である以上、組織能力は個々人の能力の総和となります。ただし、ビジネスにおける能力は潜在的なものでは意味がなく、行動や活動を通して顕在化されて初めて価値を成します。
つまり、組織能力とは「組織の一人ひとりが行動や活動を通して発揮する力の総和」と定義できるのです。
組織能力を発揮するのは結局は「人」である
厳密には、組織能力を発揮するのは、人のみに限りません。例えば、以下のように有形資産・無形資産も組織能力を発揮します。
例1:高度に自動化された生産設備→他社よりも安くモノをつくれる
例2:高いブランド力→他社よりも高い値段でモノが売れる
例3:豊富なキャッシュ→M&Aができる(人財や時間を買える)
とはいえ、有形資産・無形資産ともに築き上げ、磨き続けているのは「人」です。そのため結局のところ、組織能力は「人の活動」によって発揮されるのです。
組織能力を可視化できる「活動システムマップ(CASM)」
活動システムマップ(CASM:キャズム=Capability & Activity System Map)とは、組織能力と付随する具体的な活動を可視化した体系図のことです。アメリカの経営学者マイケル・ポーターによって開発されました。
以下は、CASMの具体例です。
■CASMの例:IKEA
これから実現したいパーパス・ビジョン・戦略(黄色の五角形)を起点に、それを実現するための組織能力(緑色の四角)と、それを実務レベルまで落とし込んだ活動(水色の丸)を洗い出し、関連する項目を線で結んで体系化しています。
現状のCASMとあるべきCASMを作成・比較することで、課題(必要な人材の要件モデルや職務記述書、習得すべきスキルなど)を明らかにすることができます。
上記例の場合「センスのよい良質な家具を他社よりも安く提供し続ける」ために必要な組織能力が3つあります。さらに組織能力を発揮するためには、青色の丸で示された数々の活動が必要となるのです。
例えば、組織能力の「センスのよい家具をどこよりも安い原価で作れる」を発揮するためには、「自社で設計する」ことが必要なため「組み立て式のキットパッケージを採用する」といった活動を取ります。そのため「顧客が自分で組み立てる」ことになり、「客に持ち帰らせる」ためには「広い駐車場を店舗に準備する」というようにして、自分たちが具体的にどのような活動・行動を取るべきかが明確になっていきます。
具体的にどのような効果を得られたのか
支援を通じて「得られた効果」を、具体的に紹介します。
CASMで「すべきこと」が明確になり新規事業が動き出した
第1ステップ「組織能力の言語化」において活動システムマップ(CASM)を作成したことで、「すべきこと」が明確になり、新規事業プロジェクトが本格始動するきっかけを掴むことができました。
5〜6名ほどのメンバーでのディスカッションを経て完成したCASMのイメージ図が以下の通りです。(守秘義務契約があるため詳細は伏せています)
■CASM完成イメージ図
先で紹介した通り、始めに実現したいことを中央の「黄色の五角形」に設定し、そのために必要となる組織能力を「緑色の四角」で表します。その上で、組織能力を構成する一連の活動を「水色の丸」で表し、関連する項目を線で結んで体系化しました。
さらに、「水色の丸」として洗い出した活動のうち、より質・量を改善すべき活動を「青色」、新たに始めなければいけない活動を「赤色の丸」で示しました。
このように、自分たちで言語化・体系化するプロセスを経験することで、新規事業メンバーそれぞれが「何をしなければならないのか」「どのようにしなければならないのか」を明確かつ論理的に理解でき、プロジェクトが大きく前進するきっかけとなったのです。
顧客へのヒアリングを通じて確信を得られた
次に第2ステップ「顧客価値の確認」では、展示会で顧客へのヒアリングを通じて、新規事業の方向性や展開予定のサービスに対する「確信」を得ることができました。
CASMの作成後、次回の展示会にて来場者へのヒアリングを実施することになり、そのためのアンケート作成に着手します。
ただ、メンバーが作成した初期段階のアンケートは、新規事業に関するサービスについて「こんなサービスがあったら欲しいですか?」といった質問が並んでいました。弊社の経験上、こうした質問には多くの人が本当は必要と思わなくとも良かれと思って「欲しい」としてしまいがちです。
そのため内容を調整して、「現場の人手不足で困っているのか」「それにより現場でどのような問題が生じているのか」「財政的どの程度のマイナスが生じているのか」などを浮き彫りにするためのアンケートにしました。
また、各メンバーはアンケート結果を目の当たりにするまでは、既成概念によって新規事業が上手くいく確信をもてずにいました。これまでの装置ビジネスにおいて無形サービスはいわば付録のような認識で「数千万円の装置を購入いただいたら一定のサービスは無償で提供する」というのが慣習となっていたのです。
そこで、「本当に人材難で悩んでいるのか」「人材難を補填するサービスをお金を払ってでも欲しいのか」など、顧客が本当にそのサービスを欲するのかを正確に確認できるアンケートを展示会にて実施。
その結果、多くの顧客が新規事業で展開予定のサービスを欲していることが客観的に明らかとなり、メンバーの「確信」へとつながりました。
さらに、ヒアリング結果から元々想定していた価格の5〜10倍でも十分な需要が見込めるほど強いニーズがあることが分かると、各メンバーの表情が明るくなりました。
職務記述書で新規事業の「自分ごと化」に成功
そして第3ステップ「実行体制の検討」で5職種の職務記述書を作成することで、新規事業の「自分ごと化」に成功します。
新規事業を推進していく上でどのような職種が必要かという議論を重ねた結果、以下の5職種を設けることになりました。
- コトサービス・プロジェクトマネージャー
- カスタマー・サクセス
- コト・営業企画
- 開発
- 営業DX
その上で、それぞれの役割を果たす人が何をしなければいけないのかを「役割と成果責任」を明記します。弊社は下記の5〜7項目に沿って記述することを推奨しています。
- 直感的あるいは間接的に達成すべき財務目標(目標達成に対する責任)
- 組織ビジョン・方針・戦略の策定と浸透・実行に対する責任
- 顧客価値の最大化に対する責任
- 業務プロセスの確立と改善、生産性向上に対する責任
- 組織力の強化・向上に対する責任
- (部長職以上は)後継者育成に対する責任
- (必要に応じて)その他
以下は、今回のオムロン株式会社の新規事業チームが作成した職務記述書です。
■職務記述書のイメージサンプル
例として「コトサービス・プロジェクトマネージャー」の「役割と成果責任」は全6項目で設定しました。基本の5項目とあわせて、その他項目として「社内他部門とのシナジー創出」を追加しています。
なお、実際の職務記述書は表示部分の下部に「どういう知識・スキルが必要なのか、どういうコンピテンシーが必要なのか」といった通常の職務記述書の内容も続けて記載していますが、今回は割愛しています。
ここまでのステップで明確にした「すべきこと」とリンクしており、本職務記述書を基に活動することで、成果を実現できる構造となっています。
成果とモチベーションアップ
オムロン株式会社は現在、新規サービスのリリースを開始しています。展開を進めるなかで、ステップ2でヒアリングした「顧客の困りごと」が本当に顕在化していることを実感されています。顧客も増えており、各メンバーは「自分ごと」として取り組むことができ、成果がついてきているためモチベーションにもなっています。
なお、新規事業プロジェクトを立ち上げ当初、メンバーの既存業務と新規事業のウェイトはおよそ「9:1」程で既存業務がほとんどでした。これは、新規事業に対するエンゲージメントが高まっていなかったことが関係しています。その後、今回の支援・活動が進むにつれて「5:5」程となり、現在はプロジェクトを解消して、専任の組織を立ちあげるまでに至っています。
まとめ
オートメーションのリーディングカンパニーであるオムロン株式会社は、モノづくりの現場が抱える課題およびニーズに応えるべく、モノではなく「コト」によるサービスを提供する新規事業を立ち上げました。
そして、描いた戦略を「具体的にどう進めるか」「いかにやり切るか」という段階において支援が必要と考え、弊社インヴィニオへのご依頼に至ります。
本支援では以下のように、「理屈で納得→腹落ち・確信→自分ごと化」という3段階の変化を各メンバーにもたらすことで、組織能力の開発に成功しました。現在、新規サービスが展開されており、成果や各メンバーの更なるモチベーションアップに結びついています。
なお「組織能力」とは、組織として物事をなし得る力のことであり、ここでは「組織の一人ひとりが行動や活動を通して発揮する力の総和」と定義しています。
■インヴィニオによる支援3ステップの要点
ステップ1において、新規事業プロジェクトが本格的に動き出すきっかけとなったツール「活動システムマップ(CASM)」の特長を以下にまとめます。
- 活動を言語化・可視化することで、目標実現に向けて何をすべきかが明確になる
- キーポジションと職務内容、そのポジションに就く人に求められる知識・スキルを導き出せる
- 役割分担が明確になり、互いにどう連携すべきかをイメージできる
- CASMの中央に据えた「組織のパーパスやビジョン、戦略」と自らの仕事との紐づきが明確になり、エンゲージメントが高まる
こうした特長が発揮されることで、事業が前進します。また、今回は新規事業での活用でしたが、既存事業の改善や強化、再構築にも非常に有効なツールです。
「新規事業を上手く推進できていない」「既存事業の立て直しを図りたい」「組織目標と各社員の意識に乖離を感じる」といった課題をお持ちの方は、まずは気軽にお問い合わせください。